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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■殺人罪と傷害致死罪はどちらが重いのか?
 ところが裁判官はこの結論を最終的にひっくり返してしまうのだ。7月24日、最高裁で白木勇裁判官はこのように語ったという。「量刑は直感によって決めれば良いのではない」彼は補足意見で評議の前提として量刑傾向の 意義を裁判員に理解してもらう重要性を指摘し、「直感的」評議を戒めたという。裁判員がまともな感覚で「求刑超え」判決を下してるのに、それに裁判官が歯止めをかけようとしてるのである。

 何ヶ月も虐待した末に殺すことと、ただ単純に殺すことを比較した場合、市民感覚では前者の方が残虐で悪質だが、裁判官にとっては後者の方が重い罪となる。なぜなら前者は傷害致死罪で後者は殺人罪が適用されるからだ。

 長期間のいじめの末にいじめられた子が自殺に追い込まれることは殺人に等しいとオレは考える。しかし裁判官は絶対にそのようには考えない。あくまで「前例に沿って」判決を下すのである。そして「法律にないもの」は自分で考えて判断できないのだ。名簿データを盗むという行為に対して「無形物」であるから窃盗罪を適用しないのである。

 覚醒剤使用者の罰は、入手元をすべて明らかにして、売った方の罪をきちっと確定できた時のみ減刑、他は懲役10年以上とかにすればいい。芸能人は決して入手元を明かさない。そして明かさないことで「あいつは口か堅い」とまた復活できるのである。いかに芸能界の汚染度が高いかということだ。覚醒剤や脱法ハーブの罪を「前例主義」ではなくて、「これからは時代に合わせて倍返しでいきましょう!」というふうに、量刑が世論に合わせるという考えは裁判官の頭の中にはない。「どうせこんな軽い罰しかないから・・・」と人は犯罪を起こすのである。今もしも覚醒剤の売人がすべて死刑ということになれば、暴力団はその引き合わないビジネスから撤退するしかなくなるだろう。軽い罰しかないからこそシノギとして成立するのである。

 司法関係者の本来の使命は、正義を実現することである。犯した罪にふさわしい罰を与えて、そうした愚かな行為に対して警鐘を鳴らすことである。泥酔運転で幼子二人を焼死させたクソ野郎の量刑を5年から1年割り引いて4年にした裁判官は人間の心を持たないクズである。オレがその亡くなった子の親なら、その場で裁判官に飛びかかり首を絞めたかも知れない。「ふざけるな!」と。
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07月26日(土)
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