ID:41506
江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■震災から19年〜神戸商船大の奇跡を忘れるな
震災の後に起きた大火災のために迫り来る炎の中で、家の下敷きになって逃げられない状態で家族に向かって「お父さんはいいからおまえたちだけでも逃げろ」と遺言を残して亡くなった父もいただろう。たまたまその日に遠くへ出張していて神戸にいた家族全員を一度になくした人もいただろう。大災害は一度起きれば取り返しのつかない被害をもたらす。しかし起きてしまった後に一番頼りになるのは遠くからやってくるかも知れない自衛隊ではなく、近所に住む人々なのである。犬の散歩をさせたり、指定された日にゴミ出しをしたりするときに顔を合わせるご近所さんがお互い助け合うことがもっとも大切だ。ただその行動にはリーダーが必要である。神戸商船大の学生寮で自治会長の有田さんが指揮をとったように、たとえ十数人の集団でもそれをまとめて的確な指示を行うリーダーが必要だ。我々の地域社会はそうした人材を確保できているだろうか。
震災直後の寮生の安否を確認してすぐに行動を起こした神戸商船大の有田さんと、迎えの車が来るのをのんびりと待っていた貝原知事、どちらがよりすぐれたリーダーの資質を備えているかはもはや言うまでもないだろう。そして我々の社会はなぜか上に行くほど凡庸な人間が増えてくるのである。衆参両院の議員たちがボンクラ揃いであることを見れば納得がいくだろう。目の前にある政治上の諸問題に対していつまでも答えを出せず、福島の惨状を見ながら原発をどうするのかを決められず、選挙でいつも問題になる一票の不均衡をいつまでも解消できない「何も決められない集団」が国会議員という税金泥棒たちなのである。
阪神・淡路大震災で得た教訓を我々はきちっと活かせているだろうか。東日本大震災の時、かつての経験はどれほど役だったのだろうか。津波で流されて無くなった家に対して今もローンを払い続けてる人がいるわけで、阪神淡路大震災で多くの人々を苦しめた二重ローンの問題は結局そのまま解決していないのである。真に守られるべきモノは金融機関の利益ではなくて被災した弱者の生活ではないのか。
神戸の震災復興に名を借りた行政による地上げや区画整理は地域コミュニティを崩壊させ、復興住宅では多くの被災者が孤独死した。同じことが東日本大震災でも起きるのだとしたら、我々は結局19年前の大災害から何も学ばなかったことになる。あれだけ多くの犠牲を払いながら何も学べなかったというのはあまりにも情けない話である。
あれから19年、そして東日本大震災からはもうすぐ3年になる。消防団でも自衛隊でもない若者たちが組織的に行動して家屋の下敷きになった多くの人たちを救った神戸商船大の奇跡を我々は語り伝えないといけない。大災害はいついかなる時にやってくるかわからない。自分が助かることしか考えない者たちも当然いるだろう。しかしその時に勇気ある誰かが最善の行動を取ることができれば、多くの人の命を救うことができる可能性がある。そのことを我々は常に忘れてはならない。
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01月17日(金)
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