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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■元旦に靖国神社について考える
そんなふうに架空の歴史をそこで想像したところで、今の歴史はそのような流れにはなってくれなかったわけだし、戦勝国によって第二次大戦の善悪は決定されたわけで歴史の評価はすでに決められてしまっている。勝者はそこで自国の正義を主張した歴史を敗者に押しつけることが可能なわけである。(勝者でも何でもない韓国がそこに便乗して自国の歴史を書き換えてしまったことは笑止千万なわけだが。)日本はハングルを普及させ、朝鮮語をきちっと書けるように小学校で教えた。文盲率の高かった韓国に教育が普及したのは日本統治時代があったからである。
もっともそんなことを主張すれば「植民地支配を正当化した」と言われそうだが、日本にとって台湾や朝鮮半島は植民地などではなくてそこは日本の一部だったのだ。だからソウルや台北には帝国大学が設置されたのである。学校を整備し、役場を置いて戸籍制度を整備するためにどれだけ日本はゼニを使ったことだろうか。日本並みにし、朝鮮人や台湾人は日本人同様に選挙権も被選挙権も持っていた。少なくともそのような統治を「植民地」とは呼ばない。
戦争が起きたときに常に犠牲になるのは国民である。戊辰戦争から太平洋戦争に至るまで多くの血が流されたわけだが、靖国神社はその死者の霊を弔うことからスタートしている。明治維新という政治体制の移行の中で起きた戦争の犠牲者はいわば国家のために犠牲になったわけで、その慰霊のための施設として神社が造られたことは理解できる。日清日露戦争の犠牲者と太平洋戦争の犠牲者の間に何らかの違いがあるわけではない。国家が何らかの目的を遂行する手段として戦争を選択し、国民がその犠牲となることは有史以来繰り返されてきたことであり、それは21世紀の現代でも基本的に変わらない。
日清・日露戦争や第一次大戦と太平洋戦争の違いは何かと言われれば、日本の領土が戦場となり多くの非戦闘員が犠牲になったということである。靖国神社に祀られているのは軍人軍属であり、空襲によって犠牲になった市民ではない。その両者を区別した時点で靖国神社の性格が誤解を招くことにつながったとも言える。
中国や韓国が靖国神社への安倍首相参拝に対して抗議するのは、両国が前述の「連合国=善」「枢軸国=悪」という価値観をそのまま受け入れているからである。だったら日本はその価値観を否定して自国が正義の戦いをしたと主張すればよいのかというと、少なくとも東京裁判や日本国憲法を受け入れて「すべてを懺悔して出直した敗者」として戦後の歴史をスタートさせた以上それを振り出しに戻すことはできない。
日本が起こした太平洋戦争の意味を「侵略戦争」と規定し、日本が「悪」の側であったという連合国側の史観を受け入れた時点で、その犠牲者(軍人に限る)を慰霊する施設の性格は実に奇妙なものになってしまったのである。日本人から見れば戦没者は戦争の犠牲者なんだが、アメリカ人から見れば「悪事を働こうとして返り討ちにあった者たち」でしかないわけだ。そこに参拝する安倍晋三はアメリカ人から見れば「なんだおまえは戦争のことを反省していないのか?」ということになってしまうのだ。我々一般国民が考えてる靖国神社の意味と、韓国や中国、そしてアメリカがとらえてる性格が全く違うのは、歴史観に由来するのである。
インディアンの土地を奪って成立したアメリカにとって、戦争の大義というのは常に「自分たちが正義」という立場から語られることになる。騎兵隊を悪、コマンチ族を善とする映画「ローン・レンジャー」がアメリカで不人気だったのは、アメリカ人が自分たちの黒歴史を正視したくないからである。太平洋戦争は「卑怯なジャップのだまし討ち」に対して「正義の戦いを挑んだアメリカ」という理由付けを必要としたわけだし、ベトナム戦争は「共産主義の悪を食い止める聖戦」だと国民には説明されていたのである。
首相の靖国神社参拝をアメリカや中国・韓国に好意的に受け入れてもらうことは不可能だ。そのためには第二次大戦の意味を改めて問い直すことが必要だからだ。
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01月01日(水)
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