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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■この悲劇の責任は誰にあるのか?
てんかんの発作による重大事故に共通するのはすべて「医師は運転禁止を指示」「本人は病歴を隠して免許更新」「勤務先はその持病を把握せず」である。もしも病気を知っていれば職場は決して運転させないだろう。知っているのに運転させたということになれば賠償責任が発生するからである。だったらどうずればいいのか。少なくとも「人をはねて死なせる可能性」の重大さは「運転する権利」よりもはるかに重視されるべきである。医療機関側は「こんな症状があるんだから運転はしないだろう」と通常考える。しかし患者の側はそうではない。のべつまくなしに発作が起きているわけではないので、ふだんの自分ならば大丈夫だと考える。そして病歴を隠して免許を取得したり更新したりするのである。
もちろんてんかんの病歴があってもきちっと薬を飲んで発作を抑えて普通の日常生活を送っている人はいくらでもいるわけで、むしろ事故を起こすのがきわめて少数派なのだ。統計をとったわけではないが交通事故の発生率が極端に高いわけではないだろう。ただ深刻な事故だけが報道されて印象づけられているだけである。
今回の事故に巻き込まれて突然命を失った方々の遺族の激しい憤りはどこにむかうのか。雇用者側には賠償責任はあるのか。事故を起こした本人が亡くなっている以上、賠償の請求先は勤務先か、運転を辞めさせなかった家族ということになるのだろうか。しかし30歳になろうかという男性の行動に対して家族の責任はどこまで及ぶのか。
今からできることは日本中の医療機関に通達を出して、てんかんの病歴のある人の生活実態を調べ、警察にも情報を提供し、車の運転をしている場合はその事故歴を洗い出し、調査に応じないものには罰則を設けて対処すべきではないのか。事故が起きてしまってからでは遅いのである。つい先頃、てんかんの発作を抑える薬を飲み忘れてクレーン車を暴走させて子どもを死なせるという事故が起きたばかりじゃないか。なぜ警察は緊急の行動を起こさなかったのか。医療機関の守秘義務やてんかん患者の人権よりもももっと大切なものがある。それは無関係な市民の命を守ることである。こうした理不尽な事故で命を落とすことがどれだけ無惨なことか。
かつてはてんかんの病歴のある人は免許取得ができなかった。それが可能になってどんな利益があったのか。そのためにこれまでに多くの人が事故に巻き込まれて死亡している。今からでも免許取得を禁止することはできないのか。少なくともここで優先されるべきは権利よりも第三者に決して迷惑を掛けないことではないのか。人を死なせる可能性がある権利などどう考えても理不尽である。
多くのてんかん患者がその病歴を隠して免許を取得し、車の運転に従事している。そしてたびたび重大な事故を起こしている。踏切待ちをしていて発作が起き、踏切の前にいた高校生を線路内に押し出して死なせたという事故があったが運転者である医師は「事故は不可抗力」だと無罪を主張している。仮にそれを無罪にするならば、てんかん患者はいくら人をはねても何のお咎めもないということになってしまう。病気に対する差別や偏見をなくすためには通常の罰を受けるか、病気があるのに運転して事故を起こしたということで通常よりもさらに重い罰を科すべきなのである。それなのに裁判では開き直って堂々と「無罪」を主張するてんかん患者たちを知るとオレは激しい怒りを覚えるのだ。あんたたちはどれだけ迷惑を掛けるのかと。事故の犠牲者の一般市民だけではなくて同じ病を抱えたすべての人々に対してどれだけそれが迷惑なことか。
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04月13日(金)
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