ID:41506
江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■悪いのはそのババアだ!(自転車は急に止まれない)
高校生の頃,公道で練習するしかなかったオレは出来るだけ通行量の少ない道路を選んでロードレーサーで走っていた。そのときに警戒したのは前方のクルマが急ブレーキを踏むことだった。追突しそうになるからである。大学生の時、やはりトレーニングのつもりで登った京都の花脊峠を下っていて、いつものように猛スピードですっ飛ばしてるとオレの前を下っていたクルマが対向車を避けるために停車した。花脊峠は道幅が狭いので、車同士が行き違いするときに停まって通過を待たなければならない箇所が当時はあったのである。(最近は走ってないのでわからないが)時速60キロくらいでその直線を下っていたオレは焦った。前方のクルマまでの距離は約30m、前のクルマが走っていれば適正な車間距離のつもりだったがまさか停まるとは思っていない。どちらかというとオレはその直線の下りで前を走る車を抜き去るつもりでいたくらいである。慌ててブレーキをかけたがロックさせてしまうとタイヤが減ってもったいない。ロードレーサーに装着してるタイヤは高価なのである。それにロックさせたところでとても停まれない。このままでは追突する・・・
そう思ったオレはわざと前輪ブレーキをかけてロックさせて大きく前に転倒した。前方回転するような感じで背中から地面に落下して、受け身をするような態勢で道路に転がった。ヘルメットなんかもかぶっていないので頭を打たないように身を丸めてとにかく必死で転んだのである。幸いケガはなかった。オレが派手に転んだのを見て、クルマの人は心配して降りてきたがオレは手を左右に振ってそれを制した。転ぶことなど当時のオレにとっては日常茶飯事だったし、もっと悲惨な転び方でケガをしたことだってあった。それにくらべればこんなことなんでもない。
オレの左ひじには今でも一本の傷が残る。それは京都北山の八丁林道を走ったときに付けた傷である。ガードレールなどない悪路の長い下りを走っていて、やはり転倒した時にオレは岩角でひじを切ってしまい、血が吹き出た。とりあえずタオルで傷口の上をつよく巻いて止血しようとたがどんどん血が出てきてタオルは真っ赤になった。左手の握力も落ちてきた。しかし、病院に行くにしてもそこから京都市内までは40キロくらい走らないと着かないのである。オレはそれを走り通すために左右のブレーキワイヤーを付け替えて右手で後輪のブレーキを掛けられるようにして、そこから走って帰ることにした。紅葉シーズンで高雄の神護寺あたりはかなり観光客で混雑していた。そこもオレはタオルを血で真っ赤にしたまま駆け抜けた。血に気づいて悲鳴を上げてる人もいた。左手は痛みも感覚もなくただハンドルに添えてるだけだった。そんな状況でよくオレは転んだ場所から3つの峠を越えて帰り着けたものだと不思議に思う。下宿に戻ったオレがきつく巻いたタオルをはがしてみると、血は固まってちゃんと止まっていたぜ。傷はちゃんとふさがってるしゼニがもったいないのでそのままオレは放置した。
報道された事件だが、追突の原因は車間距離ではなくて信号無視して交差点に入った72歳のババアにある。自転車を使って公道で練習する場合、自転車同士で何台も連なって走るときは空気抵抗を軽くするために車間距離をとらずにくっついて集団走行するのが当たり前である。練習仲間の運転する自動車の後ろ1.8mというのは、おそらくスリップストリームを利用して高速で走るためにくっついて走っていたからだろう。それは自転車の場合の普通の練習方法なのであり、そんなことをいちいち「車間距離を取ってないから道路交通法違反だ」などと言われたくない。急ブレーキを踏めば後ろの自転車が追突してしまうことくらいわかっている。それでもブレーキを踏まなければならなかったのは、信号無視されてそのままでは衝突するからではないか。悪いのはババアONLYである。公道練習の際に先導車のクルマは信号で急停車することのないように十分に後方に配慮し、停車する場合は自転車のブレーキの制動距離を考えてかなり早めにブレーキを踏むのが常識だ。どうして自転車乗りに罪があったのか。
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08月16日(木)
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