ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■茂保衛門様 快刀乱麻!(5)
こういう自分本意な人間って、一番始末におえないのよ。久兵衛がこんな状態になった以上、手がかりはあの男だけだったって言うのに。死人に口なし、って良く言ったものだわっ。せめてあと何人が狙われているのか、それとももう誰も狙われていないのかぐらい、言い残して行ったらどうなのさっ!
───だけど、冷静なもう1人のあたしは、耳元でこうも告げていた。つまり又之助も久兵衛も、命を狙われていた事すら黙っていなければならないほど危険なヤマに、首を突っ込んでいたんだ、って。
多分それは、事が明らかになれば死罪間違いなし、の大それたことだわ。そして又之助の方は半ば開き直っていたけど、久兵衛はある種の罪悪感にさいなまれていた。それこそ、夢でうなされるくらいに。だけど奥方に寝言を聞かれる事で、自分のしでかした事が露呈するのにも神経を尖らせていた、としたら、彼らの挙動不審の理由にも筋は通るわよね。
火事の時に泥棒でも働いたのかしら。でも、少なくとも又之助の方は金回りが良くなったとは聞いてないし。岡場所には入れ揚げていたみたいだけど。
混乱寸前の神経を宥めつつ、あたしはすっかり縮み上がっている笹屋の女房に話し掛ける。
「・・・大丈夫ですよ。死罪になんて、おそらくなりはしないでしょう。少なくともあなたはね。だからこの際、ちゃんと私たち火附盗賊改に協力いたしなさいな。きっと、悪いようにはいたしませんよ」
久兵衛の方はあるいは、死罪を言い渡されるかも知れないけど───とのあたしの心中は、もちろん口には出さない。
思ったとおり、女房は心底安堵した表情になる。そこに付け入るように、あたしは質問を続ける事にした。
「ところで、又之助がよくこちらへ来ていたと言う事ですけど、久兵衛殿の方は岸井屋へ出向いたりは、しなかったのですか?」
「いえ・・・そう言えばいつも、又之助さんばかり押しかけていたような気がいたします。それこそ毎日のように。もっとも主人があのようになってからは、黙っていろと言った日以来、来られていませんけど」
「元気な頃の久兵衛殿は彼を、歓迎してましたか?」
「・・・どちらかと言うと迷惑そうな、怖がっていたような風でしたか。でも押し切られている感じで、いつも渋々応じておりました」
ふむ。どうやら主導権を握っていたのは、やはり又之助の方らしいわね。そして久兵衛は従わざるをえない立場だった、と。
多分久兵衛は、又之助に絶えず見張られていたのよ。彼は又之助に比べて気弱だったみたいだし、良心にかられて火付盗賊改なり奉行所なりに駆け込まれてはコトだ、ってことで。
「他に、火事の後で親しくなった人間はいなかったのですか? 久兵衛殿もですが、又之助の方にも」
「存じておりませんが・・・又之助さんのように、言い方は悪いですが強引なぐらいによしみを結ぼうとした方は、いらっしゃらなかったと思います」
うーん、それじゃあ、2人を襲った炎の鬼にまだ狙われている人間がいるかいないか、判断に迷うわね。
それにしても・・・奥方の話だと、久兵衛が襲われたのがちょうど十日前。だけど次の又之助が殺されるまでには、九日も間が空いてる。これってどういう事なのかしら。
久兵衛で失敗したから念には念を入れて、又之助殺害の時には時間をかけたのかもしれないけど、普通こういうことって日をおかずに一気に実行するものなのよ。少なくとも、あたしたちが普段相手にしていた盗賊たちはそうだわ。その方が狙う相手に警戒をさせる時間も、対抗する準備期間も与えずに済むから。
・・・あるいは久兵衛の時みたいに、あたしたちが知らないだけで他にも被害者がいた、ってことなの? 毎日1人ずつ殺めて行って、久兵衛から数えて又之助で9人目、とか。けど、連続殺人ならいくら何でも、噂にぐらい昇っていても不思議じゃないはずよねえ。
こうなると、おろくの火事で火傷を負った連中に聞き込みをしてる、与助の報告を待った方が良いかも。何かめぼしい情報でも、手に入れてるかもしれないし。
それに、小津屋から火が出る前に又之助と久兵衛に会ったって言う、例の行商の油売りにも話を聞きたいわね。そっちの方も、与助に任せようかしら。
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03月26日(火)
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