ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■茂保衛門様 快刀乱麻!(5)
「あの・・・本当に、岸井屋の又之助さんは亡くなられたのでございますか?」
 ・・・変な事を聞いてくるわね。
 だけどまあ、彼女相手に隠すほどのものじゃないし。
「ええ。あたしがこの目で、死んだのを見届けましたよ」
「そう、ですか・・・」
 呟いた奥方は、痛ましそうにしながらもどこか、ホッとしたように肩から力を抜いている。

 ───そう言えば、彼女はどういうわけだか岸井屋の又之助のことを、知っているみたいだったわね。何で彼に脅えてるのかしら?
 あたしが思案に暮れていると、奥方は何度も・・・本当に何度も躊躇ったあとで、こう告白したのだ。
「私は、申し出ようと思ったんでございます。夫があのような目に遭い、しかも原因が分からないのでは、不安で仕方なくて。それに・・・先ほども言いましたが、久兵衛はああなる前に悲鳴をあげていて・・・『やめろ、悪かった、殺さないでくれ』と、誰かに許しを請うような言葉でしたから・・・その、久兵衛が助かった以上、また同じような事が起きるのではないか、と思っていましたもので・・・」

 誰かに許しを?
 ・・・これって新証言よね。でもこんな言葉を聞いていたんじゃ、確かに奥方もアレが失火や自殺とは、思わないでしょうよ。
 それと、さっきの久兵衛の部屋に点在していた水入りのタライの意味が、これでやっと分かったわよ。万が一再び炎の鬼に襲われそうになったら、あの水で対抗しようってハラなのね、奥方は。効き目があるかは、甚だ疑問だけど。

 あたしがあれこれと推理している間も、奥方の話は続く。
「だから商売敵か何かに呪われたのでは、そう思いまして。せめて奉行所には届けようと思っておりましたら、次の日の朝早く、岸井屋の又之助さんが訪ねて来られて・・・」
「ちょ、ちょっと待って!」
 あたしは慌てて、奥方の言葉を遮る。
「・・・あなた久兵衛殿は夜に、それも京橋のこの家で襲われた、って言ってなかった? なのにどうして浅草の又之助が、訪ねてきたりするわけ!? 近所と言うならともかくも」
「それが・・・又之助さんは度々、こちらへ足を運ばれるようになっていたのでございます。あのおろくさんの火事を縁に折角知り合えたのだから、とおっしゃって。主人が大火傷を負った次の日も訪ねて来られるはずでしたから、夜が明けてから使いをやりました。本日主人は会う事が出来ない───そう言(こと)づてて」
「そしたら慌てて駆けつけてきたのね?」
「さようでございます」

 岸井屋の怪しい挙動、更に露見、ってところかしら。
「・・・それで? その様子だと又之助はあなたに、久兵衛殿とどうして会えないのか、と詰め寄ったんじゃないんですか?」
 聞きながらも、あたしには何となく見当がつき始めている。又之助が次にとった、愚かな選択の行方が。
 果たして、久兵衛の女房は脅えながらも頷いたのだ。
「は、はい、さようでございます。私は見たままをお話しして、これから奉行所へ届け出るつもりなのだ、と言ったのですが・・・。
『そんなことをしてどうなる! 呪い殺されかけたのだと言ったところで、奉行所が信じるわけがない。下手をすれば火付の罪で、久兵衛もあなたも死罪になるのがオチ。幸い奉行所も火附盗賊改も気づいていないようだから、このまま黙っている方がいい。儂も知らぬフリをしておいてやるから』
そう言われて・・・わ、私は死罪と聞いて恐ろしくて、又之助さんの指示通りにしようとっ・・・」
「あの馬鹿・・・っ!!」

 はしたなくもあたしは思わず、死んだ又之助を罵倒せずにはいられなかった。
 又之助は自分で自分の首を絞めたのだ───そう、直感したから。
 どんな事情があったかは知らないけど、又之助は久兵衛が炎の鬼とやらに襲われたことを隠そうとした。もしその時に知らせていてくれたら、まだ何らかの手だてを打てたかも知れないと言うのに。
 その挙げ句に、又之助自身も炎の鬼に襲撃され、ついには殺されてしまっただなんて!

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03月26日(火)
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