ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■残暑お見舞い申し上げます【モン■ーターン】
「しかし、榎木もマメやのー」
住所を書いたメモを押し頂き、丁寧にポケットにしまう榎木相手に、何となく感心した口調になってしまう蒲生である。
「・・・そうですか?」
「おおよ。どうせ同じ支部の連中にも葉書出すんやろうが、山口支部言うて結構人数おらんかったか? そいつら全部に、イチイチ手書きで出すつもりなんやろ」
「? そりゃあ、先輩たちには日ごろからお世話になってますし。それに、手書きでって、それ以外の方法なんて・・・」
そこまで口にしてから榎木も、蒲生が何を言いたかったのかが分かったらしい。
「・・・そう言えば、蒲生さんところはお店やっているんでしたよね。ひょっとして年賀状の類も全部、印刷所に頼んでらっしゃるんですか?」
「まあな。さすがに住所ぐらいは自分で書くんやが、年賀状だけでも半端な数やないんじゃ。おかげで、ある程度字書けるようになる年になったらワシ、毎年毎年手伝わされてのー」
わざわざ「返事を期待するな」と前置きしたのは、実はその辺のトラウマが原因である。そのため心底ウンザリした声になるも、心優しい榎木は律儀にも同情してくれたようだ。
「そ、それは大変でしたね・・・」
「さすがに今は手伝わんけどな。お前ンとこはどないじゃ? あのクソまじめな親父さんのことやから、全部自分の手でやらんと気ィ済まんのやないか?」
「ええ、当たりです」
「・・・で、当然その背中を見て育った息子のお前も、おんなじコトするつもりや、と」
「・・・・・・」
榎木にとっては、それを認めるのはさすがに、色々な意味で気恥ずかしいに違いない。口をつぐんで視線を逸らしてみせる後輩に、蒲生も苦笑を禁じえないのだった。
「で、でも、父は白紙の葉書使ってますけど、俺は季節の絵入りのを使う予定なんですよ。ほら、単に白黒の配色じゃ、ちょっと殺風景だと思いますし・・・」
「分かった分かった。ま、せいぜい頑張って書けやー」
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───あの頃の榎木は、まだまだ青さが残っていたな、と蒲生は述懐する。
その年の夏、早速届いた暑中見舞いは、上品な朝顔の絵入りの葉書に見事な達筆で、
暑中お見舞い申しあげます
桐生での一般戦 優出はお見事でした
今度一緒のレースになったら 自分も負けません
その時はどうぞよろしくお願いします
榎木祐介
と、明らかに事前のレースを見ていなければ文面に載せられないことを、書いてきたのだ。
律儀さと生真面目さを目の当たりにすると同時に、負けず嫌いな性格も垣間見える榎木らしい暑中見舞いに、蒲生は思わず笑った。
そして、秋口に再会した際、その感想を率直に口にしたところ、
「あの時書いた通り、今節は負けませんから!」
と、ヤケに気合の入った挨拶をされた記憶がある。
・・・もっとも、榎木からの便りに、蒲生がそんな風に本人に直接感想を述べたのは、その時が最初で最後だった。
それからしばらくして榎木がレースで大怪我を負い、一緒のレースに斡旋されるどころか、文字を書くことすらおぼつかなくなったからである。
ただし、ある程度傷が癒えてからは、榎木も生来の生真面目さを発揮し、リハビリも兼ねて時節の便りを再開させはしたのだが、今度は蒲生の方で問題が生じてしまった。
折角出場したSG優勝戦で、まさかのフライングを起こしたせいだ。
もちろん、B2級を戦っていた榎木と、1年間SG出場不可能となった蒲生となら本来、一般戦での接点はあったはずだ。それに、何となくこちらを避け気味だった他の選手とは違い、榎木はむしろ蒲生を常に気遣っていたのだから。
今になれば、蒲生も認めることが出来る。避けていたのはやはり、自分の方だったのだろう、と。
SGはおろか、G1への斡旋も遠慮がちになっていた自分にとって、榎木のある種まっすぐな態度は、直視しづらいものとなっていたからだ。
───榎木のせいやないんに、あいつには悪いことしとるなあ・・・。
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01月11日(木)
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