ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
[61311hit]

■夏の色【鳴門】
 そしてその傍らで、息子の食欲に頼もしさを感じているのか、楽しそうに体を揺すっている父親。微笑む母親。


 リィ・・・ン・・・。


 彼らを見守るように、あのレトロな柄の風鈴が鳴らすのは、涼しげな音。



 何となく、想像がつく。
 あの暑苦しくも情に厚い上司が、さぞや両親に愛されて育ったのだろう、と言うことは。
 そして、その両親が亡くなった際は、さぞや人目をはばからず号泣したのだろう、と言うことも。

 かと思えばガイには、意外なくらい気持ちの切り替えが早いところもある。
 無論、変にこだわっていては、今日まで生き残って来られなかったに違いなく、彼がそれだけの修羅場と激戦を経験してきた、猛者の証だと分かってはいるのだが。

 その、ある意味でのそっけなさが、時々ネジを落ち着かない気分にさせる。

 人を責めろと言うのではない。
 もっと惜しんで涙したところで、誰も咎めも嘲笑もしないのに。
 あの男は『そういう奴』だと、皆が分かっているのだから。


 チリ・・・チリチリーン・・・。


 そんな折り。
 街に出ていたネジはたまたま、風鈴売りの行商を見かけた。
 道端で店を広げ、風鈴をぶら下げて見せている光景は、この時期の風物詩と言っていい。既に何人かは足を止め、商品を眺めている。

 それは一人でだったり、カップルであったり、はたまた親子であったりはするが、誰もが笑顔と共に。


 ───ガイの父親とやらも、こうやって風鈴を選んでいたりしたのだろうか。
 いやあるいは、息子が生まれる前に、夫婦で眺めていたのかもしれない。


 リ・・・リーーン・・・。


 風鈴の音色に誘われ、思わず店へと足を向けていたネジだったが。


「ネジじゃないですか。奇遇ですね」


 そこに立っていたマンセル仲間がにこやかに声をかけてきたので、反射的に回れ右をしたくなった。


「? どうしたんですか?」
「・・・いや」


 別に、リーが風鈴を眺めていて悪いわけではない。むしろ、修行馬鹿と揶揄されるこいつに、風流を愛でる感性があったことを喜んでやるべきであろう。
 そして、自分が風鈴を見に来たところで、何か支障があるわけでもない。

 ・・・が。


「ああ、ひょっとしてネジ、ガイ先生にこの間壊れた風鈴の代わりを、プレゼントしようとしてます?」


 ・・・こう言う事を何の臆面もなく口にする存在と一緒、という事実が、ネジに居心地の悪さを感じさせる。


 ───どうしてこいつは直球なんだ。あの日の、テンテンへの遠まわしな配慮は、どうして自分には発揮されないのか。


 もっとも、過日の出来事は仲間に罪悪感を残さないためであって、今日の場合はむしろ、先生を気遣う弟子の好意。
 それを隠す必要がどこにある、とリーは思っているに違いない。

 
「そ、そうじゃない。もうこんな季節なんだな、と思って・・・」
「良かったー。僕一人じゃ色々悩んじゃって」
「俺の話を聞け」
「良いのはあるんですが、あまり値の張るものだとかえって、先生に気を遣わせてしまうでしょう? ネジ、ここはひとつ二人で折半しませんか?」
「・・・・・・」


 かと思えば、ちゃんと同僚にも気を回すところもあって。
 ここで彼の誘いに乗れば、きっと一人で買うよりはずっと気恥ずかしくない。


「あー、何だ、二人とも来てたんだ。
ねえねえ、ガイ先生に風鈴、お金出し合って買わない?」


 そのうち、テンテンまでが風鈴の音色に誘われたのか現れて、ネジにこれ以上ない口実を作ってくれたのだった。


---------------


 三人で選んだ風鈴を、割れないようにきちんと梱包してもらい、ガイの家へ向かう。元々今日も食事会に呼ばれているので、その時に渡そうとの腹積もりだ。


[5]続きを読む

08月29日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る