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ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■茂保衛門様 快刀乱麻!(5)
何となくその辺りを匂わせて再度尋ねたら、奥方は恥ずかしいような、それでいてどこか寂しそうな表情を、頬の辺りに浮かべた。
「いえ、その・・・このところ久兵衛は夜、ひどくうなされていまして。その姿が我ながら情けないと、誰にも・・・妻であろうとも見られたくないと言いますので、私は別の部屋で休むようにしておりました」
情けない、ね。
同じ男として、その気持ちは分からなくないけどこの場合、眠る時彼が奥方を遠ざけた理由を、言葉通りに解釈しちゃうのは危険だわ。
「それで当然、すぐにお医者を呼んだのですね?」
久兵衛の部屋のとなりで、奥方は質問に答えながらお茶を出してくれたけど、あたしは飲まなかった。喉は渇いてたものの、ゆっくりしてる暇はないですからね。差し出された座布団には、ありがたく腰を落とさせてもらったけど。
「はい、夜のうちに。先生には悪いとは思ったのですが。・・・先生の見立てでは、体の大多数が焼けてしまっている。喉笛もやられていて、話す事も出来ぬだろう。持ち直すかどうかは五分五分だ、と」
あたしだったら、久兵衛のあの様子じゃ先は長くない、と見るけどね。ま、馬鹿正直に言って、ただでさえ憔悴しきってる奥方を絶望させる事はないか。
「火は・・・まあお屋敷自体は燃えていないから、即座に消しとめられたのね?」
「は、はい」
「その火は失火だったの? 久兵衛が自分で自分に火を付けた、と言う事はないの?」
出鼻をくじかれてたけど、こうやって話してるうちにだんだん、火附盗賊改としての調子が出てきたわ。あたしの口調、何となくキツ目になってきてるものね。
けど、奥方の方もそれは同じだったみたい。火附盗賊改に詰問されているにもかかわらず、さっきまでの脅えようとは打って変わって気丈に反論した。
「滅相もない! 部屋には行灯はございましたが、久兵衛はいつも眠る時は自分で消してしまって、念のため残った灯油も持って行け、と言うくらいに火元には気を付けておりました。今でも・・・夜部屋に明かりを点そうとしますと、怖がって嫌がるぐらいですから」
久兵衛の部屋の中ではなく、廊下へ置かれてあった行灯をふと、思い出す。なるほど、アレはそういう意味だったのね。
「じゃあ失火はおろか、自分で火を付けようにも、部屋には火の気はなかったはず、と?」
「はい。火を消した後部屋を片づけましたが、火事の原因になりそうなものは何も・・・」
「ふむ・・・久兵衛殿は随分、火の元に神経質になってたみたいだけど、前からなの?」
「・・・いえ、そのようなことは。ですがそう言われれば・・・あの、一月前の、久兵衛がそちら(火附盗賊改方役宅)へ呼ばれてからのような覚えが」
「おろくの火事のことね? それでその他に、久兵衛殿が以前と様子が変わってしまったことはなかったの?」
「そう、でございますね・・・いつも持ち歩いていた巾着を、なくしたと言っておりました。銭をそれなりに入れていて、掏られたと言う話ですが」
「それも役宅へ呼ばれた後なの?」
「はい・・・あ、いえ、確か小津屋へ、借金返済日を延ばしてもらえるよう出かけた後ではないかと。でも、あの巾着はもう諦めた、金なんかどうでもいい、そう言って、新しい巾着も作りたがらなくて・・・」
───岸井屋の又之助の時と同じだわ。
彼も様子がおかしくなったのは、役宅へ呼ばれた後だって話だし。いえ、ひょっとしたら正確には、おろくの火事の後から、と言う可能性だって考えられる。
火事の原因になりそうなものを、何も持ち合せていなかった事といい、絶対久兵衛と又之助は、何らかの関連があったのよ。
《龍閃組》の言うところの『炎の鬼』がこの2人を襲ったのは、決して無差別的なものじゃない。何らかの共通点と理由が、あったに違いないわ。
「・・・それであなた、久兵衛がこのような目に遭った事を火附盗賊改か、奉行所に申し出ようとは思わなかったわけですか?」
話がいよいよ核心に迫りつつあり、つい荒っぽい口調になりそうなのを懸命に宥めながら、静かにあたしは尋ねた。
すると、奥方はこちらからは視線を逸らし、再び脅えたような顔つきになる。
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03月26日(火)
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