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衛澤のどーでもよさげ。
by 衛澤 創
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■片想い/東野圭吾
本作には日浦をはじめとして数人のFTMが登場するのですがその人たちに対しての三人称が、一貫して「彼女」とされているところが、ひじょーに(私個人の意見として)不快でした。
東野氏が性同一性障害に対して無理解ではないことは(むしろ生半な理解の深さでないことは)本作を通して読めばよく判ります。その上で何故「彼女」を使わなければならなかったのかを探りつつ拝読しましたが、その点は一点のみでした。
要は、本作において日浦がまったくの男性であっては不都合だった訳です。だから「昔、女だった。そして、いまも女の側面を多分に持っている」ということを充分に主張しないとこの御話は成立しない。
だからといって、日浦以外のFTMまで「彼女」呼ばわりすることないんじゃないの、と思ったりする訳です。当事者としましてはね。「性の揺らぎ」を訴えたいのだろうなということは判らなくはありません。でもね、それでもね。
この点が東野氏の作家としてのこだわりだったのか、編集側の意向だったのか、両者の合意の上での「読み手への配慮」だったのか、それは判りませんが、ほんとうにこうするしかなかったのでしょうか。ひとつの作品として充分におもしろいし、ジェンダーの問題についてもとても詳しく正しく書かれていて他人さまにすすめてまわりたいと思える作品であるだけに、その点が残念だと(私は)思います。
前述しましたように東野氏は「夜空ノムコウ」から着想し、それまで絶対に書かないと決めていたアメリカン・フットボール(大好きだからこそ書きたくなかったそうです。この気持ち、よく判ります)を題材に青春を描き出そうとなさった訳ですが、そのために必要な副題材が「性同一性障害」だった、と解説では述べられています。
ほんとうにそうなのかなあ?
確かに本作にはジェンダーの問題が複雑に絡んできますが、別のものでも構わなかったのでは、と思うのですよ。同じくらいに複雑なものならば。ただ、題材として、時代にとっても東野氏にとっても「旬」だったのでしょうか。傍目に見ると主題を「ミステリ」として成立させるためにこれくらい複雑で人目を引く題材が必要でした、という理由が先に立っているように見えるのですが、これについては「書くこと」、「読むこと」、「ジェンダー」に深く関わるほかのみなさんの意見も拝聴したいと思うところです。
ただ……ね。
本作にしろ一部で話題のあの漫画にしろドラマにしろ、性同一性障害が絡む御話というのは、「御話として如何か」という点よりも「事実に反したことが書かれていないか」ということを優先して見てしまうのが当事者のよくないところなのかもしれません。もっと純粋に御話を愉しむ姿勢というものが必要なのではないかと、読了後に思いました。反省。
御話は、勿論おもしろかったですよ。私が読了できたくらいですから。最近おじさんは根気がなくなってきて、ちょっとおもしろくないなと思った途端に読む気が失せたりしますからねえ。ライトノベル2冊分くらいのボリウムがありますが、すらすら読めます。でも全体の2/3くらいのところで最後の「仕掛け」が(私は)判っちゃったなあ。
541頁の「彼」の台詞が、当事者としては気持ちが判りすぎて(感情移入し過ぎ?)胸に痛くてパニック発作起こしそうになりました=□○_。非当事者はどのように受け止めているのかも気になります。
「東野作品として如何か」というようなことも一部で論じられているようですが、それについては失礼ながら私は東野氏の他作を拝読しておりませんので何とも申せません。ミステリの雄として名のある東野氏が私どもに関わる題材を取り上げてくだすったことは有難かったかなあ、くらいのもので。
この点は東野氏にも氏のファンのみなさんにも申し訳ないです。そして定価で買わなくて御免なさい(まだ言ってる)。
12月30日(木)
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