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日常茶飯事×日常茶目仕事
by アキラ
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■デスノ完結編 <<激しくネタバレ>>
死の内容を記入できる6分40秒(だったっけ?)以内の場合は
ちゃんと実行されるんだろうか?それも駄目っぽいかな。
まあ、そんなことあの状況で出来っこないか。
ノートを摩り替えるというあたりは、ニアが魅上にやった
中身(ページを一部)摩り替えるトリックを彷彿とさせましたが。
漫画では月に殺されてしまうので、劇場版と比べ様無いのですけど、
第三者に留まらず、親や恋人の名前は簡単に書けるのに、
自分の名前を書かれてしまうとあそこまで取り乱す月と、
自分の名前を自ら書くことで周りを説得してまで、
KIRAを追い詰めようとするLの姿勢と。劇場版では
他人の命でなく自分の命を使った者が、少しばかり長生きでしたね。
2回死神の目の取引をした海砂も、結局4分の1の寿命になったけど
生き残ったわけですから。
結果として、自分の名を書く事で、真偽の定かでない
13日ルールも見破ったわけだ、Lは。スゴイッすね。
確か23日先まで死ぬ前の行動を書き込めるわけでしょ?
ほんでもって自分の名前書いてから13日ごじゃなくて、
ちゃんと自分の指定した日に死んだんだし。
ていうか今気がついたけど、海砂の持ってたノートを
Lが手に入れた時点で、細工がない事に気がつくよね。
…な〜んだ、ちぇっ(笑)
リューク・レム・ジェラス:死神の皆さんですが。
死神とはいえ、神と名のつく者に人がちょっかい出すもんじゃない。
そして逆もまた然り。悪戯にノート落としてみたり、
贔屓にしてる人間の寿命を延ばしたりしないでほしいものです。
なんかまるでギリシャ神話やローマ神話の話のようですね。
アモールとプシュケの様に神と人が想い合う(デスノでは一方通行か/笑)
あと、聖書におけるイヴの口にしたリンゴ。死神が落としたノート。
揶揄なのかそうでないのか。ま、面白いですけど。
月が死に、ノートをつまみ上げ処分すると言ったLに対して
なんだ、お前は使わないのかと言い放ち飛び去ったリューク。
その後残された人間が映るシーンを見ていて、ふと意識したのが
死神とはいえ、人知の及ばない神の世界の住人であること。
そのはるか上にいる、本来想像の中に存在するべきものが
悪戯に人界に降りてきて、一死神の暇つぶし、
余興に巻き込まれたという虚しさとでも言いましょうか。
あのシーンはすっごい切なかったです。既に死んでしまった月も
犠牲を払って、数日後には死んでしまうLも、同僚を喪った
捜査本部の面々も、息子を喪った夜神総一郎も。
KIRAは居なくなったけれども。
書きたいこと:漫画も映画も共通して
面白いし、素直に楽しんで見たり読んだり出来たんだけど。
どちらもなんというか、終った後にスッキリ釈然としない。
もやもやが残るんですよね。
これは週刊連載が終った時にも思ったことなんですが。
結局、KIRAが死んでも、Lが負けても。
世界中で死ぬ人間はそんなに変わらないんじゃないかと言うこと。
KIRAが死んだ場合、犯罪者への抑制がなくなり犯罪は増える。
犯罪の被害に遭い死んでいく者が増える。
KIRAの様に犯罪者以外を殺したりはしないけれど
Lのやり方を見る限りでは、正義を執行する為には
多少の犠牲は厭わないという点において、
KIRAとそう差が出るとは到底思えない。
Lが負けた場合。罪のない被害者でなく犯罪者が殺される。
KIRAを阻止しようとするものが正義という名のもとに殺される。
死んでいく人間の内容はどうあれ、どちらの人間も
成す術もなく殺されると言う点ではかわりない気がします。
犯罪に巻き込まれ、犯罪者の手にかかって死ぬ被害者はもちろん
KIRAに裁かれる犯罪者も、そして、KIRA・L双方の
正義の名のもとに犠牲になる人たちも。
倫理から言えばどっちも同じだと思うんですけど。
…釈然としません。
でも、映画はエンターテイメントとしては
とても面白かったしよくできていると思います。
今回もエンディングはレッチリでしたし。
アルバムだと、OP曲の次に入っているスノーがED曲でした。
妹と二人、テキトーに上から二つ選んだだけじゃないよね?
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11月03日(金)
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