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へそおもい
by はたさとみ
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■まゆみさん
わたしは学生時代
飲み屋さんでアルバイトをしていた。

お店の感じも集まる人も
お酒もお料理もマスターも
大好きだった。

夜の1時頃に仕事が終わって
ときどき
マスターはバイトたちを
飲みにつれていってくれた。

そんなある日
飲みに行った先で
まゆみさんに出会ったのである。

まゆみさんはその街で
有名なお店の娘さんであった。
多分あの頃で
30歳前後だったのではないかな。

はじめて会った時は
わたしもすごく酔っぱらっていて
あんまり覚えていないのだけれど
まゆみさんは
何人かのオトコの人に
あたたかく囲まれていて
キラキラして
頭がよい感じの女の人だった。

ちょっとだけ挨拶をしてみんなで飲んで
帰る時にいきなりほっぺたにキスされた。

酒臭いはずなのに
その時のまゆみさんは
苺の匂いがする!とおもった。

たくさんの人前でキスされるのは
びっくりして戸惑ったけれど
ぜんぜんいやらしくなくて
こういう風にできるまゆみさんが
格好よくて羨ましいなあ、とおもった。

二回目も真夜中だった。
やっぱりわたしはすごく酔っていて
どこだかわからない小さなお店で
弾き語りのライブをみていて
すごい人混みだった。

その人混みの向こうの方に
まゆみさんがいて
わたしと目があうと
“トラちゃあーん!”(わたしは当時そう呼ばれていた)と
寄ってきてぎゅっとだきしめられてキスされた。

うれしかった。
2回目となると
戸惑わない上手なキスの受け方も
ちょっと工夫できた。

街には昼の世界と夜の世界があって
まゆみさんは確実に夜の世界の人だった。
月の光を反射する銀色の蝶々みたいな。

昼間の光にあたったら
溶けて銀色の粉になってしまうんだろうな
だから昼間はお店の暗い地下で
難しい本とかよんでいるのだろうな
などと勝手におもっていた。

まゆみさんのお店に
地下があったかわからないけれど
勝手にあるように想像していた。

小さな街だったので
それからも何度か
酔っぱらった真夜中に
まゆみさんに会って
必ずぎゅっとしてキスされた。

わたしがその街を
はなれる日が近付いたある日
初めて昼間にまゆみさんをみた。

昼間のまゆみさんは
なんだか悲しそうで
はじめは別人かとおもった。

でもまゆみさんのお店の近くだし
まゆみさんらしい
ふわふわの毛のついた
ショールをしていて
やっぱりまゆみさんだった。

蝶々はやっぱり粉になるのかもしれなくて
粉になろうと決心したみたいな
つかれた顔をしていた。

わたしが声をかけようとしたら
一瞬目があって
でもまゆみさんは
気がつかずに誰かの運転する車に
乗ってしまった。

それ以来まゆみさんには
会っていない。

わたしがその街を
はなれたのもあるのだけれど。

きょう電車にゆられながら
悲しい本をよんでいて
この悲しい感じは
なにかに似てる
とおもったら
まゆみさんのキスだったのだ。


もしかしたら
まゆみさんは全然蝶々でもなんでもなくて
朝おきたらうんこして
仕事の愚痴とかこぼしながら
鼻をほじって
鼻くそまるめとかして
ちょうどその時に電話がなって
その鼻くそをテーブルのはしっこに
くっつけて電話にでたりとか
しているかもしれない。

だけど
わたしには
そんなに親しくないけれど
好きな人が何人かいて
それぞれの人に勝手なすてきな物語を
つくって自分引き出しにしまっておく
クセがあるらしい。

生きてるうちに
まゆみさんに
また会えたらおもしろいな。
05月30日(月)
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