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日常妄想
by ミァハ
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■『雨が降ってゐる』のこと。
+先程から時折空が光り、雷が鳴って雨が降り出した。明日がお天気悪いと言うのは本当らしい。昼には止むみたいだけど…… 疲れと眠気のあまりに22時頃寝たら、最近寝る時間の1時に目が覚めてしまったミァハですこんにちは(_△_) 最近眠りが浅いのです。長時間熟睡できない。

今日は、やり切れなさを抱えながら病院へ行った。仕事を探すのもいいが、体を治すことが先決だと言われた。でないと、また同じことを繰り返す、と。わかってますよ、そんなの。でも休むのは許されないんですと返したら、とりあえずは家族の理解が必要だと思うから、お父さんかお母さんを早めに連れてきたら? と言われた。

相談相手は先生しか居ない。だけど短い限られた時間のなかだし、思っていることを上手く話せるとは限らない。お会計をしているとき、気持ちのやり場の無さに泣けてきた。待合室の隅のゴミ箱のところへ行き、鼻をかみつつ、泣くのが酷くならないように落ち着こうと、しばらく待合室に立ったまま涙を拭いていた。

親に説明したところで現実は何も変わらない。変わるのは、わたしが社会人として、大人として、子供として駄目な人間であるというのを親が認識させられること。働くよりも休養が必要な病人だから家が苦しいの判っていながらも働けないのよ、あまり働きたくないのよと、わたしの直面している問題を表面化させられることだ。

いつだったか少し前、わたしが仕事を休んだ日の夜、母親に「もうあとが無いんだから、ちゃんと行きなよ」と言われ、「わかってるよ」みたいな感じの会話から(口論の調子ではない)、ちょっとした話し合いになって、「(病気のあんたと)どう接していいか判らないから今度病院に行って聞いてくる」、という流れになったが、そのままになっていたので、いい機会だと思った。思ったが、どうしようもない焦燥感が襲ってくる。

どれだけつらいことか。今まで頑張ってきたことがパーになる。「また会社が駄目になったんだけど、しばらく仕事をしないほうがいいと言われた」。それだけ伝えるのは簡単かもしれないが、要するにこう言うのだ、もう定年の歳の親に、貯金も無いいい歳した子供が「まだしばらくタダ飯喰うからヨロシク」、と。自分を判ってもらいたいのは確かだが堪え難い。それで泣けてきたのだった。

母親に、それからすぐ、電車のなかで、病院に行って先生の話を聞いて欲しいという旨をメールに打った。10月からの契約が駄目になった、という報告と一緒に。返事は来なかった。帰宅をしても、一言もそのことには触れてくれなかった。それどころか、口数が少なく、口調こそいつも通りだが、いつもの『機嫌が悪い』状態だ。

夕飯を食べたあと、わたしはすごい疲労感と眠気に負けて、早く寝たのだったが、夢うつつに聞こえてくるのは、母が父に、あたしには送った時に一度しか返さないのに、毎日1日20回も誰にメールを打っているのか、(気になって頭に来るから)回数を表示しないようにはできないのか(わたしだけdocomoなんでauはどうなってるのか知らんが、ファミリー割引とかやってても、請求書別々にできるんじゃね?)、と言っている声と、明らかに女と切れていないのに逆ギレしながら言い訳をしている父の声だった。

それから眠ってしまったのだったが、思ったのは、「ああ、わたしのことは重要視されていないんだ」ということ。哀しみの染みがまた広がり、濃くなった。これまで生きてきて判っていたが、わたしは家庭でもはみ出し者なのだ。わたしはこれほど真剣に家のことを考えているのに、親はわたしのことを真剣になって考えてくれない。

母親との話し合いのあと、わたしは落ち込だ。翌日は定休日だったのだが、母が出勤したあと、「昨日は言い過ぎた、ごめん」という旨のメールが入ったので、返事を書いた。そこで初めて、「昨夜は手首を切りたくなった。わたしなんて居ても居なくても同じだから居ないほうがいいかもしれないと思った」と書いたら、「自殺は危険 わたしが寂しい 明るい娘に戻って」とレスがきて、昼には電話をかけてきた。

しかしわたしが本当に明るかったのはいつまでだったか、おそらく母は知らないだろう!


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09月11日(火)
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