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日常妄想
by ミァハ
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■『例の事件について。』のこと。
決して、『動物ごときにムキになるな』とか、『犯人を許してやれ』などと言っているのではないので、これを読んで憤慨しているひとがいるのなら、どうか誤解をしないでいただきたいです。わたしは、人間のエゴ丸出しのところが、人間のこういうところが凄くイヤなんです。人間は、動物よりも自分たちの立場が上だと思いがちだ。動物を、自分たちの好きなようにしようとする人間の傲慢さが、どうも鼻についてしまうのだ。
犯人が、署名者が、というのではなく、ただの生き物として人間をひっくるめて考えると、よくも悪くも、人間はエゴの塊だ。人間のエゴが動物を虐殺し、反発のため立ち上がらせ、かたや傍観者にする。天然記念動物の場合も似ている。人間のエゴが、絶滅危機に追いやり、人工繁殖を研究させ、保護を義務付ける。なんて勝手な…… ( ̄ー ̄;)
こうして文句を言うわたしも、自分のエゴで物事を見るエゴイストなのでしょう。今回の事件の場合、犯人は既に検挙され、調べられているので、警察や裁判所が今回のことではどういう判断を下すのか、今後の展開をよく見守ろうと考えている。
犯人の男には、26年間でしたか、生きてきたなかで積み重なった、複合的な問題があると思うので、子猫が可哀想だから罪を重くしてくれ、と個人の気持ちをぶつけるだけではなく、犯行の異常性の部分を強調しないと、問題の根本からの解決は難しいだろうと思う。『可哀想』では済まない事件なのだから。こうした残忍な事件の殆どが、そうであると考えられるのとおなじように。だから、現在のわたしは、犯人に近しい人(家族とか知人とか)や、専門機関の判断を待とうと考えている。
現実問題として、その判断に妥当と思われるものが望めなそうだから、署名運動が起こっているのだろうけど(苦笑) 距離を追いて事件を見るための言い訳や、論点を履き違えた詭弁に聞こえるかもしれないが、わたしは、こういうことを考えていて、そのうえで様子を見ていようとしている。
しかし実際に、自分の家や、ごく身近なところで惨殺事件が起こされたとしたら、わたしも惨殺された愛すべきものに報いるために、なにかをせずにはおれないだろう。
結局、自分に深く関係する事柄に対してしか行動を起こさない……
とりあえず、おなじエゴなら、ひとや周囲に良い影響をもたらすエゴのほうがいいに決まってる。深く首を突っ込まず、傍観したいというエゴイストより、事件の酷さを訴えるための署名を集めたいというエゴイストのほうが、絶対、なにかのためになる。皮肉のようだけど、そうじゃなく。こういう小さな運動から法律が動くこともある。
事件を模してか、動物虐待事件が続いているらしい。こういう、信じられないような人道に悖る行為をするよりも、それを見て見ぬ振りをするよりも、犯人を罰するために奔走するほうが素晴らしいというのは、常識であり、わたしでも知っていることだ。
+いろいろ、だらだらと書いてしまったが。自分のなかで、気持ちの整理がつかないので、それを見るために、吐き出して列ねてみましたという感じです。積極的に動かないのは、子猫の死を冷たくあしらっているからだ、と端的に思うのは違うと思う。積極的に行動を起こしているひとが、極度の動物愛護者だと考えるのも間違っている。ひとことでは片付かない問題。冷静に見極めなければならない問題。それゆえ、ぐるぐると考えている。
真実は、人間各自のなかにある。だからいろいろ難しい。人間には自我がある。自我があるのが人間。エゴを抱えるのが人間なのだ。……なんだかねぇ……結局何がなにが言いたいんだか意味不明になってきましたが。
ときどき、そんな人間であることがしんどい。
(020626 03:10 UP)
一部、意味をわかりやすくするために付け足しました。(020626 13:52)
06月25日(火)
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