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兼松孝行の日々つれづれ
by 兼松孝行
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■劇団Beans第23回公演「遭難、」オイラ的総括
昨日一日はボーットして、何してたか覚えてないなぁ。
一応仕事もしたしごはんも食べたし寝たんだけれど、うーんよく分からない。
休みの取れた今朝は11時ぐらいに起きた。
昼ぐらいに起きると何だか1日損した気分になるけれど、目的にが休むことだから、一応達成してるのか。
でも、身体中が浮腫んでて、ギター触っても手の肉が余って弦に指が届かない感覚(汗)
さて、こうして、中1日置いて、先週末の公演について、かなり客観的に見ることが出来そうなんだけれど、別に芝居の出来がどうこうと言うことじゃなくて、オイラ自身の感じたことをしっかりと振り返りたと思う。
ほとんど現場にいた人しか分からない書き方になるけれども、そこはすんません。
今回も前回に引き続き音響で参加させてもらうということとなった。
しかし前回とは明らかに条件が違うのは、音プランも作りなさいということだった。
それは、お客さんに姿は見せないけれど、完璧に芝居の出演者の一人になるということだ。
かなりの重責だ。
オイラなりに台本を読んで、オイラなりに導き出した答えを音楽と効果音にのせていった。
もちろん音を決める前に演出とは何度か話し合った。
たった一つだけ、どうしても台本を読みきれない部分があった。
この芝居は、お客さんにどう感じてほしいと言うことなのかだ。
例えて言うと、ハッピーエンドがいいのかバッドエンドがいいのか、またはそのどちらでもないのかと言うことだ。
実は、千秋楽の前まで迷いに迷いまくっていた。
芝居の出演者の一人として、舞台上で同表現をしていくかに迷っていた。
演出とも本番前に大激論になった。
演出の表現したいものと、目の前で見せようとしている形が全く合わない。
それは、今までの経験則から感じていたことだ。
でも、千秋楽についにアタリが出た感じがした。
それは演出が求めていた形とはちょっと違うけれど、お客さんの反応を感じながら、その中でこんなふうに音を出していければ、こんなふうに音をカットアウト出来れば、きっと演出が求めていることが伝わるんだろうなって言う、直感めいたものがあって、それを表現することが出来た。
何か、そういう意味ですっきりと終わっていけたかな。
余談だけれど、音響オペをするときは必ず「守り神」を持っていく。
今回、千秋楽前に3回も倒れた。
何か不吉な予感がしたけれど、やっぱり聞きトラブルが発生。
大事なシーンで「バリ」っていう音ともにMDストップ。
すぐに復旧したけれど、逆に言うと「守り神」が「気をつけなさい」と教えてくれたのかもしれない。
だから、大きく芝居を止めることもなくなんとか乗り切れたのかなと思う。
そういえば、もうすぐ劇団Beansも15周年だなぁ。
我が家も落ち着いて来たことだし、そろそろ、かな?
03月16日(火)
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