ID:26167
マシンガン★リーク
by 六実
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■新しくなったチケットのゴシック体が怖い
 唐突ですがAQUA5のアクアマリン(そのネタもう通じない)、凰稀かなめさんの話をします。
 後で考察します、てゆってたアレです(そう言われても通じない)


[雪組メモ:輝彦君の話]

 ナツキ墜ちしたおかげもあり、今回の輝彦君がよかったこともあり、そしてゆなひこ君がうっかり素でかなめ君呼びするほど好きなこともあり(笑)、私の中で輝彦君の株が上昇しています。

 ところでAQUA戦隊広報活動の映像を整理しているときに気づいたのですが、テレビという普段とは違う媒体にもかかわらず、輝彦君は全く気負っていないように見えたんですよね。かたやその対にいる彩那音ちゃんは、テレビという媒体になじみきれていない感じがしました。もちろんそのテレビ媒体に馴染んでいない彩那音ちゃんの在り様は否定の意味ではなく、むしろ「彼の基本は舞台人だから」という肯定的な意味と思ってください。ちなみにナツキさんユミコ先輩のすっこはそれまでのキャリアからちゃんと舞台人でありながらテレビ仕様になっていたという判定です。じゃあこの輝彦君と彩那音ちゃんの違いはなんだろう?フェアリーズ効果?(いやどっちもフェアリーズだよ)思わず腕を組んだぐらいに、AQUA5な輝彦君は「気負っていなかった」んですよね。
 で、前述しましたが、今回の芝居で「身の丈にあった役」をやった輝彦君。でも回数を重ねていくうちに「この学年(男役10年を前にした時期)にこの役(ヘタレ)が当たるって事は普通に考えれば「不利」なんじゃないかな」と思い始めました。「ヘタレ」とか「情けない」とかは本来路線バリバリな男役さんにはそぐわないキャラ立てだと思うんですよね。それを若いうちにやっちゃうことはかえってマイナスと言うか。逆にそれを舞台で成立させる為にはある程度キャリアを積まないと、「ヘタレ」「情けない」でも「男役としてカッコいい」にならないと思うんですけど。例えが適切ではないかもしれませんが、涼さんがようやく「男役はキザってなんぼ」から、肩の力をぐっと抜いて自然体に「ヘタレ」「情けない」を舞台で成立させられるようになったのはつい最近(男役十年を越えて)の事な訳で。更に例えが適切じゃないかもしれませんが、大真みらんさんは比較的若い頃から「ヘタレ」「情けない」を舞台で成立させることが出来ていましたが、それはひとえに彼がやくしゃでありそして路線男役ではなかった(言い方は悪いのですが、まさにそれ)から成し得た事だと思うんですよね。
 ところがそれを今回輝彦君は「路線男役」で「若くして」で、「ヘタレ」「情けない」を演じている(そしてそれがちゃんと成立している)訳です。だからと言って彼はやくしゃではないと思います。で、そこで気づいたのは
「この人、男役という鎧を着ていないんだ」
という事です。
 男役としてオギャーと生まれたその瞬間から、身にまとっているはずの「男役という鎧」。それは下級生にとっては足枷でしかなく、それを着たまま自由に動き回ることもできず、あたふたしながら、段々その鎧を着こなして、いっそジャージ着ているぐらいの感覚になって、最終的にはその鎧を脱いでも「男役」として舞台に立てる事ができるんです。ところが輝彦君はこの「男役という鎧」を着ていなかったんですよ。最初から。だから、あんなに気負わずにテレビ媒体に出たり「ヘタレ」たり出来たんじゃないかな、と。逆に彩那音ちゃんはまだ「男役という鎧」をガッツリ着こんでいる学年で(本来輝彦君も着ている学年のはずなんだけど)、ナツキさんユミコ先輩のすっこはその鎧をTPOに応じて脱いだり、男役ジャージぐらいに着替えることができている。それがあのテレビ媒体で私が感じた印象の違いなのかなぁと。
 そう思うと、これまでの輝彦君が全然ダメだった(私はそう思ってました)のもわかる気がする。だって彼は男役必須アイテムである「男役という鎧」を着ていなかったんだもの。ただその美貌と路線という立場で舞台に立っていた。ある意味まるはだかで舞台に立ってたも同然なんです。だから今、鎧を脱ぐ事を要求されるような場所(テレビ媒体)や役(ヘタレ)でも気負わずにできるんじゃないかと。

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04月09日(水)
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