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マシンガン★リーク
by 六実
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■「おあずけですよ」(涼さんの声で読んでください)
 今年最後のムラ遠征から帰ってきました。でも何故かオトモダチに「むっさんはあと一回は来るね、雪組とかで来るね!」とすごい力強く予言されました(笑)。とりあえず、予定上は今年最後です。
 ヨゴ方面は濱鯱鼠豆で集合でした。天気がなんとかギリギリ持ちこたえたのは、やっぱり北濱西のワイルドカード(違)が切られていなかったという結論に(笑)。
 そういえば、本科生のすみれ売りだったんですね。遠くから冷やかすつもりが「うわ、カワイイ!あのコカワイイ!」と喰らいついてしまいました。……いいよね、カワイイのは(素)。
 ちなみに大真茶は参戦しておりません(えー?)。






 以下、ネタバレなんて気にしてないんでご了承ください、な公演メモ。


[長崎ぶらぶら節メモ:総論など]

 初見の時に、幕が下りて驚いたのが「あ、意外とまとまっている」だったんですね。えーって思う人もいるかもしれませんが、シンディにしてはちゃんと公演時間枠に合わせた作品だったなぁと。おそらくミエコ先生ショーの部分を除いたら、芝居の正味時間は一時間強かと思うのですが、その時間枠に起承転結ちゃんと収めたなぁと思いました。ちなみにこの時間枠に対して中味が薄くて「合っていなかった」のが「天使の季節」ですな。 もちろんもちろん、檀ちゃんのサヨナラ作品としてはどうなの?とタカラヅカの興行として不十分な部分とか、つうかさそりはどうなったの?とか未消化な部分も多々あるのですが、主役二人(伊佐次と卯之助)を中心に見ると「なにがどうしてどうなってそれにはこういうりゆうがあってだからさいごはこうなった」がちゃんと成立しているんですよね。それがひどく真っ当に思えました。つうかそれすらも今までの植田作品はクリアできていなかったんだよ(毒)。理事辞めてから少しはいい方向に改善されつつあるのかなぁと、割とシンディ擁護論に気持ちが傾き……いや、私が思った「まっとうな」部分は原作による部分(シンディの功績じゃない)なんじゃないか?(しまったー!)


[長崎ぶらぶら節メモ:咀嚼解釈]

 原作のタイトルは「江戸無宿」。
 でもふと思ったのが皆「無宿」なんだなぁと思ったんですよええ唐突に。
 (↓ここから過大解釈が始まります)
 「みんな無宿」
 江戸無宿と称される伊佐次だけじゃなく、江戸から長崎にたどりついたおしまも、江戸から伊佐治を追ってきた卯之助も、伊佐次の子分達も無宿。唐人屋敷の人々も、祖国を出ているという点でやっぱりみんな無宿なんだと思います。誰もがみんな、今いる場所は仮の宿にすぎない。その無宿な状態から、帰る場所を、戻る場所を、あるいは本当の宿を求めようとしていたんじゃないのかなぁと。
 その中で伊佐治とおしまは同じ帰る場所を求めた。それは江戸ではなくて、過去に帰ろうとしていたんじゃないかと思えてならないんです。
 とにかく何の因果か再会した幼馴染三人、そのうち二人はまるで夢見るみたいに、「なにもかもが輝いていた」江戸に、過去に帰ろうとしていた。やりなおそうとしていた。たまたま現状の「仮の宿」で足掻いていた伊佐次とおしま、帰るところは同じ二人が、ただ帰りたがって肩を寄せ合って帰ろうとしていた。けれども同じ帰る場所を持っている卯之助は帰ろうとはしなかった。彼は二人が帰ろうとしているところが、過去にすぎなくて、そしてそこには絶対に帰れないことを悟っていたんじゃないかと思ったんです。おいらの足が治らないのと同じように、昔になんてもどれやしねぇ(つうかワタさんごっこかよ)。
 けれども卯之助も無宿、仮の宿。彼にも帰りたい場所があって、それは伊佐次の中にあったんじゃないのかなぁと。伊佐次によって生きる力をもらった卯之助は、伊佐次がいるから生きてこれた。だからこそ、伊佐次を生かしたかったんじゃないのかと。仮の宿で、生きていけば、生きているんだからそれでいいじゃねえか、と。おめえらが帰りたい過去には、帰れねえんだからよ!(つうかワタさ(以下略))
 そして同じように無宿で仮の宿にいるらしゃ、彼が帰りたかったのは母親のところ、自分が生まれてきた母親の元に返りたいと切望していた無宿者だったんじゃないかと。

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05月22日(日)
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