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マシンガン★リーク
by 六実
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■弓月
芸術家は、自分自身の才能と努力と、そして経験。人間としての経験がどれほど芸術に深みを与えるのか君はわかるだろうか?そう言って放蕩という名の経験を繰り返してきたジャン=ポールがそう思うのもそう言うのもわかる。事実、彼は「変った」のだ。それがあのどこからともなく現れ消えた、あの銀髪の彼故であることも、わかる。
けれども私は変らなかった。
「……どうも」
そんな言葉を淡々と返した私に、ジャンポールは大きくため息をついた。
何も変りはしないのだ。
いっそ変ればよかったのか。
けれども変りはしない、変れなどしない。
せんせい
私は、変れはしないのだから。
今日も変らず君の元へ行き、また帰ってゆく。
変らないのだ。こうして変らない事を繰り返してゆくだけだ。
後悔することも懺悔することも許されはしない。
ただ変らずに、この世界にうずくまるだけだ。
「先生」
急に呼ばれて、はっと顔をあげた。マルセルに呼ばれたと思ったのだ。けれどももはや彼はいない。私をそう呼ぶのは、呼んだのは
駆け寄ってきた顔に見覚えがあった。確か、ジャン=ポールのところのダンサー。名前は
「先生、私です、シャルロットです」
そうか、彼女にとっても私は一応「作曲家の先生」ということか。苦笑しようとしたが、頬が上手くあがらない。シャルロットが慌ててその手を添える。そのぬくもりに、私は笑えないほどに凍り付いていた事に気づいた。
この寒空にそんな格好で……とシャルロットは言った。気がつくと雪が降っていた、いや雪がふってきたことにも気づかずにいたのだ。
「……よかったら暖まっていきませんか?」
気がつけばそこは教会の前。彼女はここで慈善活動の手伝いをしているのだという。聖堂と呼ぶには小さな部屋に招かれる。セバスチャンもここによく来るんですよ、彼はいつもオルガンを弾いてくれるんです、と。セバスチャン……ああ、あのレッスンピアノ弾きの彼か。そう、思い出したことに、というよりそう思い出せなかった自分にまた苦笑したが、やはり笑えなかった。
「どうぞ」
シャルロットが差し出したのは、温かいショコラだった。子供の飲み物だと思ったら、傍らを小さな影が笑い声と共に駆け抜けた。
「こら!静かにしなさい!」
子供達はふざけ合いながらじゃれあいながら、シャルロットに怒られたと肩を竦め、また笑う。足音も賑やかにまた走った。
「ごめんなさい、うるさくて。今日はノエルの飾りつけをしているんです」
見ればその先に青々としたクリスマスツリーがあった。そうかもうそんな時期か、と気づいた自分に笑おうとしたが、やめた。
手のひらから伝わる温もり。カップの中のショコラに口をつけた。
シャルロットはゆっくりしていってくださいね、と言い残すと子供達の方へ近づき、飾り付けを始めた。なんとはなしにその動きを追う。子供達はしきりにシャルロットに話し掛け、床に散らばったきらきらひかる飾りをああでもないこうでもないと吟味して、ふざけあい、笑いあい……マルセルが私の元に来たのは、ちょうどあれぐらいの歳だっただろうか。
暖炉の側には古びたオルガンがあった。そこに子供達のひとりが駆け寄ってきた。椅子によじ登り、ピアノの蓋を開ける。片手だけで、何かを弾きはじめる。何を弾いているかはわからない。辛抱強くそれに耳を傾けていたら、それが調子外れの聖歌だと気づく。音は合っているが、調子が外れている。
壁には大天使カブリエルの肖像があった。ここには電気は引かれていないが、暖炉とろうそくの明かりと、天井からほのかに差し込む昼間の雪空のあかりから、その肖像画ははっきりと見ることができた。
子供は片手で調子はずれな聖歌を弾き続けた。床にとどかない足がぶらぶらとオルガンを蹴る音、空いた方の手で、一端にぽすぽすと椅子を叩き拍子をとる。なんとも言えない不協和音。別の子供が寄ってきて、へたくそと言うのにも気にもとめず、見かねたシャルロットが、今度ちゃんとセバスチャンに教えてもらいなさいと笑った。それでもその不協和音は続いた。子供の横顔は真剣でその眼差しはきらきらと鍵盤を見つめていた。
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12月24日(日)
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