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マシンガン★リーク
by 六実
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■あなたにはできることがたくさんある
牢獄の場面は本当に、恋する若者ののぼせ感というか、美辞麗句感というか、その言葉にすら陶酔している感じで、もう簡単に「命懸けて」てしまっている。死をおそれない、死の重さも知らないのに。
けれどもその後のバルセロナに再び向かうフランシスコの「命の重さ」はずっしりと重くなっている。命を懸けるが文字通りの言葉になっているというか。そこにぐっときてしまったのです。
・(そう思うと逆にナツキさんがあのニンで前半の恋にうっとりきらっきらしちゃっていたのが、私的にはすごく評価したいんですけれどね、まあこれは担のたわごとです)(だってちょうかわいかったじゃんか!)(はいはい)
(ナツキさんの乙男な部分がちょう発揮されていたじゃないか!)(そこなの?)
※むっさんのカッコ書きがうざいのは仕様です。
・ところで私は「ラフォーレ伯爵は二度死んだ」と思っています。一度目の死は海辺の別荘の場面。あそこで彼は生きるために脱獄したのに、ロザリアがいないことで彼にとっては「死」と同じと知ったというか。(その死を見てリンダは愕然としたのだと思うし絶望したのだと思うし)。二度目の死はラスト。聖職となることでロザリアとはもう会わない(会えない)事で、彼にとってはそれもまた死なのだと思っています。
・フランシスコの生と死はおもしろいぐらいに食い違っていて、明日にも殺されるかもしれない牢獄(死)にいながら、ロザリアが側にいたことで生を得ていた。無事脱獄し海辺の別荘で安全で穏やかな時(生)にいながらも、ロザリアがいないことで「死」に漂い、もう一度バルセロナに戻ったら「死」が待っているにも関わらず、ロザリアの元に走るフランシスコには生を目指して走り続け、ロザリアとの再会で「生きている」実感を取り戻し、そして死を受け入れようとした。ところがその死の直前に、リンダによってその生を救われる。けれどこれから一生ロザリアとは会えないことで、フランシスコはこれから命の終わるそのときまで、死んだまま生きながらえるのだろうなぁと。
・最後に一目だけ顔を見せてほしい、とはその「生きながらの死」に向かうフランシスコの、「生(ロザリア)」への決別であり、最後に後ろから抱きついてきたロザリアの手を外すあの場面が、「この命惜しくない」と言い続けてきたフランシスコが本当に「死」を選んだ場面だと思うのです。
・という風に私は見えたのですが、そうするとラストの教会の場面がちょっと情熱的すぎる(ロザリアとの恋に未練があるというか)ので、たぶん、これは私がナツキフランシスコから読みとった妄想にしかすぎないのはわかっています。けれどもそうやって見えてきた、フランシスコの「生と死の錯綜感、疾走感」がほんとうにたまらなかったのです。バルセロナに向かう場面での主題歌をテンポアップで歌うところが、本当に疾走している感じで、市川名古屋と、フランシスコの人生を共に疾走した感がありました(だからもうほんと今回は疲れたよ)(笑)。
・ところでもう一点、ナツキさんが今回のフランシスコのニンじゃないというところに「なにも知らない若い僕ちゃんのはずなのにラブシーンがエロすぎる(もっと言うとラブシーンだけトウが立ってんだよ……)」ってのがあったかと思うのですが、そんなの「ドキ!男だらけの神学校!」であれやこれやあったに決まっているので何も問題ないと思っていまーす☆(星をつければいいってもんじゃない)
[続・俺的バルセロナメモ:将軍のお嬢さんの話]
・市川名古屋を見終えて、バルセロナを反芻しながら実は一番激しかったのはロザリアだったのじゃないかな、という思いを強くしています。
・そう思ったのが「私の胸からしたたる血で地面にフランシスコといっぱいに書いて」の歌で、なんて壮絶な、と思ったのです。あの愛らしい外見に似合わず、「修道院からでてきたような」お嬢さんのはずなのに。
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12月27日(日)
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