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マシンガン★リーク
by 六実
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■かわいいいきもの
 で、前述した「タカラヅカじゃない」と思ったのは、まぶっちゃけスターシステムをガン無視しているところなんですが(実質二番手は不在、だよ、ね?)、もう一つ思ったのは、「タカラヅカとして成立させるのだったら、照手姫との再会で終わらせた方が正解じゃね?」と。ラブロマンスとしてHAPPY ENDで終わらせた方が、多分この作品の「タカラヅカじゃない」部分をそこでごまかせたと思います。正直私は、照手姫との再会以降は蛇足に思ったのですが、キムシンがやりたかったのは「オグリ」の上演で、その為にはそこが必要だった、て事だよ、ね?
 最初は「馬頭観音の祭りで始まったのだから、馬頭観音に帰結させなくちゃオグリとして意味がないのか」と思っていたのですが、もう一つ、帰結していたのが、照手姫が横山パパの命乞いをする「どんな親でも親は親」なのかなぁと。ちょっとうろ覚えなのですが、一幕でオグリが似たようなことをゆっていた、よね?(確か鬼鹿毛乗りこなしおめでとうパーティに呼ばれるところ)。そういう因果関係が古典説話である「オグリ」のキモなんだろうなぁと思った次第です。

 で、この因果関係について、マドガワさんが収集した話をいろいろ教えてもらったのですが(いちいち名前だして悪いわね)、72人の妻を契っては投げした事は噂にならないのに、蛇と契った事が噂となり追放までされる忌み事とされたのは、蛇は水神の象徴で、その蛇と契ったことでその共同体に水害とかをもたらすから、オグリは追放されざるを得なかった、とか。地中から復活直後のオグリの様は、その後三郎がのたれ死んでもいいから「逃げよ」と去った、そののたれ死に後の姿とリンクしているとか。その他いろいろ、きっと民俗学とか詳しい人が見たらいろんな因果関係(リンク)がはられているのに気づくんだろうねぇと。
 ちょっと歌舞伎みたいだなあと思いました。大学の時、歌舞伎の脚本読解みたいなゼミをかじっていたときがあって、その時思ったのは、現代の私たちから見ると「Aというモチーフが出てくるときに必ずBというモチーフもでてくるけど何で?」と思って調べてみるとちゃんと理由(背景)がある。当時の人たちにはそういう背景がすでに知識(常識ともお約束とも)として備わっているから(AといえばB)、それで納得してみているんだなぁと。

 まあ、そんな事も含めて「タカラヅカじゃない」と思った訳です。
 でも舞台としてすごく面白かったです。早くも今年のベストバウにノミネートです。



 それで肝心の壮一帆さんの話をしていないのですが(笑)。でももうほんと壮一帆さんにアテガキ過ぎてもうどこからツッコでいいかわからないほどで。もうほんとどんぴしゃにハマりすぎた。そして相変わらずドSで思わせぶりでけれども達観していてもうますます好きにならざるを得ない!どうしてくれよう!


 ジャッキーがちょう楽しみです。



[花組メモ:オグリおまけ]

 どの回か忘れたのですが、舞台挨拶で壮一帆さんがいきなりコメントをみつるに振って「え?あ??」とあわてている間に「それではそういうことで」とバッサリぶったぎったのが、相当Sで震えました。ええっと壮みつるはアリですか?お気楽いい加減な壮課長(でも本当はすごい仕事ができる)の元で振り回されつつ面倒を見るリーマンみつる。そんなみつるの部屋に毎晩押し掛けて風呂入ってビールが冷蔵庫にないと文句を言ってその後(略)。……そういうリーマンBL漫談が浮かびました(沈めてこい)。

06月07日(日)
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