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マシンガン★リーク
by 六実
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■金環蝕の指輪を嵌めたところから僕の全てが燃え上がる
ミズナツキさんはあれだけ男役として恵まれた素質をもっているので、やりすぎるとほんとにやりすぎるきらいがあると思うんですよ(日本語おかしい)。なんかやりすぎると色気じゃなくて粘り気が出てくるみたいな?(爆笑)トートとかアオセトナとか。で、今回のナツキさんがもうけれんみたっぷりに銀橋わたっているところとか、ほんとやりすぎててたまらんと思うと同時に、ある種の不快感(これ、肯定的な意味と取って下さい)を感じたんです。でもそこで気づいたのが、そもそも男役っていうのは本来の性を歪めて演じている訳ですから、不自然なまがまがしい異形のもの(不快なもの)と言い換えることが出来る訳で。だって肉布団とかだって一種の拘束具じゃないか(素)。男役とはきれいでかっこよくてすてきで、っていう本来の文脈の裏を返せば、異形のもの、っていう視点になるんじゃないかな、と。それで見るとミズナツキさんの今回のやりすぎ感が非常にオギーショーになっているなぁと思った次第です。
ちなみにそういう不快感とか禍々しさとか異形感を感じたのが、冒頭の白黒スパンで盆回しされている指輪のセットの上にいるところです。あそこで私、ものすごく不穏な感じを受けて、とっさに浮かんだ言葉が「陳列物」「見世物」です。言い換えれば異形である男役が見世物になっている(またあの落下防止の棒がそう見せているのかもしれない)。オギーショー特有の「禍々しさ」がいやって程にミズナツキさんから醸し出されていたなぁと思ったのです。
それを踏まえて今回のショーを私なりに解釈すると、ソロモン王の指から逃れた指輪(ナツキさん)が世界を環に巻き込みながらぐるぐると環を描きながら転がっていくイメージです。ゴルフでホールの淵をボールがくるくるまわってカップインする、あの丸いものがえがく特有の曲線がなんども舞台に展開されている気がします。ナツキさんが銀橋を渡るたびに、その銀橋ですら環の一部なんだとものすごく自然に見えました。
そうやっていつまでもいつまでもぐるぐる転がっていく指輪(ナツキさん)がだんだんそうした禍々しさから解放されていく。ソロモンの指は呪術の道具で、いろいろなものを呪縛するのだけれど、ほんとうに呪縛されていたのは、指輪そのもの(ナツキさん)。
ショーの中で指輪はしばし拘束する道具として例えられているんですが、でも本当は指輪だって拘束されているんじゃないか。指に嵌められて、その指を拘束しているのに、指輪はそこに存在を拘束されているみたいな?ほんとうに囚われているのはだれ?あたかも互いに互いを拘束しあう、そのイメージですら環として「ソロモンの指輪」というこのショーを構成しているんじゃないかなぁと。
ショーの後半に向けてその拘束・呪縛がとけていく、そんな物語が見えました。
前半のやりすぎな(笑)ナツキさんから、後半の海の場面から、何の装飾もない、素のままの肉体だけを駆使して踊るナツキさん、そして白い喚起の場面で呪縛からの解放。私の大好きなナツキさんの笑顔が見られる唯一の場面。そして転がり続けた指輪は、全ての装飾もなくなって何もなくなって、指輪でありながら環でなくなって(環としての動きを止めて)眠りにつく。
っていう風に私の中では繋がって行ったんですが、今日三回目を見てきたら、最後にセリ下がるナツキさんがまたちょっとやりすぎな感じの思わせぶりな顔をしてセリ下がって行くのを見たんですよね。うわ、もうせっかく人がいろいろ考えたのに今ので全てダイナシ!(いやそもそも自分の解釈に合わないからって怒るなよ)(笑)。でも今帰ってきて、こうやって反芻していると、またあそこからショーの冒頭にもどって、また指輪は禍々しく「異形の人」の姿を借りて、環を描き始めるのかもしれない。終わりからまた始まる。それすらも「環」なんじゃないかなぁと。
という訳で、これが大劇場公演時のナパームスクエア的テンプレです。多分東宝では違うのが出てくるんじゃないかなぁと。ほんとうっとおしいし素直に見ろ何も考えるなって感じなんですが、私にとってオギーショーはこれが一番の醍醐味なんです……困ったひとだと思って目をつぶってやってください。
[雪組メモ:ソロモンその他メモ]
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08月25日(月)
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