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マシンガン★リーク
by 六実
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■にゃーとリアルに鳴いている
一度、僕はそれを母に聞いたことがある。わざと父がいる前で、ねえ母さん、父さんのあれはとても失礼なんじゃないかと。母は少し間を置いて、少し考えてから、短く言った。「そうね」と。僕が尚も食い下がろうとすると、母は少しだけ笑ってから
「そうね、でもおとうさまは昔から嫌なやつだったから」
「え?何?僕、そんなにやなやつだった?」
「さあ、どうかしら?」
「ねえ、シンシア?どういういみ?それ、本心?ねえってば」
母はそのまま台所に戻っていき、父はそれに子供のように何?何?と聞きながらやはりその場を去っていってしまった。まったくもって、やはり僕の父は子供ようなひとで、と今思い出しても呆れてしまう。
父も母も答えを出さないなら、僕は閣下に直接聞きたかった。そしてできるなら僕が父の代わりに詫びようとも思っていた。けれどもそれは僕の父の恥を晒すような気がして、なかなか聞けなかった。そしてあの時少し間を置いた母と、そして後になって気付いたあの時何も反論も弁解もしなかった父がどこかひっかかって、僕には何も言えなかった。
閣下付きになってからずっと、閣下の午後の散歩の共をするのは僕だった。パリの街角をまさに「散歩」と言うにふさわしい風情で歩いていく。けれども僕は「エージェント」になってから、それが「調査」であり「視察」であることをしった。午後の陽だまりを愉しんでいる風情の閣下が、その目の奥でどれだけの情報を仕入れ、判断しているのかをしったのは、それが僕にとって「訓練」であることに気付いてからだ。
『散歩』のルートは決まっていない。閣下は歩きながら、僕に聞く。「何か変わったことはないかね?」と。僕は最初はそれを僕自身の話、あるいは僕の両親の話かと思っていた。「変わりありません、父も母も元気です」。今思い返すと顔から火が出るほど恥ずかしい。閣下はもう一度今来た道を戻ると、僕に「変わったこと」を全て諭していった。
『角にあるカフェが工事中だ。労働者は皆外国人だ、ロシアなまりの言葉だね』
『あのベンチにいつもいる猫がいないのは、餌をやる向かいのアパートの老婦人がなくなったからだ』
『浮浪児が増えているね』
『八百屋の林檎の値段が去年の倍になっている。海路で事故があったからだ』
僕はただ目を丸くするだけだった。そして僕はそれから『散歩』の度に試される。だから血眼になって僕がその『散歩』に従うと、閣下はそれを窘めた。見るのではない、感じるのだよ、悟るのだよ、と。
『散歩』のルートは決まっていないけれど、『散歩』のポイントは変わらなかった。ブールヴァール、カフェ・アングレ、駐仏英国大使館の庭園……閣下は同じ場所でも毎日違うだろうと僕に問いかけ、僕はその毎日違うものを必死に感じようと、悟ろうとしていた。
ただひとつ、同じ場所で同じことがあった。それは閣下だった。上手く言えないけれど、その場所で閣下はいつも同じだった。変わらずに、何故かいつもすうっと目を細める。違うものを探していたからこそ気付いた、毎日変わらない閣下、毎日同じ閣下の日課。
午後の陽だまりの中で佇む閣下に、僕はいつも一瞬だけ、毎日変わらない瞬間を感じていた。その瞬間に僕は入り込めないと……
「閣下、」
その瞬間、閣下に何か黒い影が掠めた。僕は他国のエージェントかと思いとっさに閣下をかばったが、すぐにそれが太陽を掠めて飛ぶ鳥の影だと気付いた。
とたんに僕は口走った。
「閣下、僕の父は余りにも失礼じゃないんでしょうか?」
例の話だ。その話を口にしたのは、自分の勘違いが恥ずかしかったことと、何より閣下のその誰にも入り込めない、瞬間と空間を侵してしまったことから生まれる気まずい沈黙をさけたいから。
何よりも、僕が閣下の瞬間と空間に足を踏み入れたとき、いやまさかそんなはずはないけれど、閣下が泣いているような気がしたのだ。
何かしゃべらなくては、ととっさにでたのがその話題だった。閣下はすぐにいつもの閣下に戻って「何が?」と僕は優しく問いかけた。
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07月12日(水)
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