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マシンガン★リーク
by 六実
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■あなたとわたしはうらおもて、とは思い上がりか
で、水夏希さんのオスカルなんですが、意外に陽性、いっそ「ご陽気」なオスカルでびっくりしました。あんなに「愛の巡礼」を楽しそうに歌う人見たことない……ッ。なんというか、水オスカルは「自分が女でありながら男として生きているる事」をマイナスに思っていないオスカルなんですよね。いっそそれをエンジョイしているようにすら見えました。水オスカルにとって「女であること」は「アゴが長い」というのと同じ次元というか、「自分が女でありながら男して生きている事」をそれぐらい自然に受け入れているような。コスプレ、というか扮装を楽しんでいるような感じで、そこに水夏希さん本人の「オスカルやれてうれしいな」っていう宝塚スターとしての喜びがにじみ出ているのは敢えて否定しません(すごく楽しそう)。でもそうやって、男として生きている事を受け入れエンジョイしている事で、物語がすごくシンプルになったと思いますいい意味で。これは「宝塚のベルばらのオスカルは男役がやる必要は全くない」というのにも通じるというか。水先輩のオスカルは原作的な男装の麗人としてのオスカルでもなく、宝塚の男役がやるオスカルでもなく、ただオスカルという人格だったなぁと。これはすごく新しかったです。
<余談。そう思うと歴代オスカルを「女であること」を自分にとって正(受容)としているか、負(苦悩)としているかで分けることができるかもしれません。たとえばトウコオスカルや稔オスカルは「負」、水オスカルは今言ったように「正」。ちなみコムオスカルはそういうものを完全に超越していたなぁと思います。余談終了。>
で、そんな風に異性生(そんな言葉あるのか)を受け入れ楽しんで扮装的なオスカルは非常にキャラクター性というか偶像色が高まっていました。そのおかげでロザリーの変態度が薄れていました。偶像(アイドル)故にあこがれる、という図式が成り立っていて、本公演版の「コムオスカルのくるもの拒まずぶりと話逸らしまくりぶり」「マイカゼロザリーの乙女の妄想爆走っぷり」「そこから生じる無駄に過剰なエロ曼荼羅(敢えて言う)」が全く無くなっていました。素直に「乙女の祈り」「乙女の憧れ」と受け取れました。
ところで水オスカルからは無性に昭和の匂いがしました。なんだろう、あの昭和っぷりはと思っていたらクマコさんが「水先輩のオスカルは宝塚スターがやっているオスカルだから」と言いました。ああ!(目ウロコ)やくしゃとしてというより、男役としてというより、「宝塚スター」。すごい納得。
で、そんな風に異性生(だからそんな言葉あるのか)を受け入れ楽しんで扮装的で偶像的なオスカルなんですが、物語の後半に向けてその当たり前に受け入れていた異性生を再認識しだしたような気がしました。もっというと受け入れるだけだった異性生が自分のツール、武器になることに気付いたというか。
民衆の為に戦いたいと思ったとき、自分は『男』として生きてきたからそれができる。
愛する人を失ったとき、自分は『男』として生きてきたからその死を犠牲にせずにまた(言うなれば)仇をとることができる。怒りと悲しみとを表すためのツールがある。
バスティーユの場面で、トウコオスカルには「女だからこその力」を、コムオスカルには「男とか女とかを超えた力」を感じました。水オスカルには「異性生(男として生きている女)だからこその力」を感じたのです。すごい興味深かったです。
だらだら言っている上に、ちっとも「まんが」の説明になっていませんが、とりあえずむっさん気に入ったんだな、と思ってもらえれば。
しっかし、水先輩(いやチカ先輩)のオスカル、ちょうおとめだった……ッ!(悶絶)
マイカゼの話をしようと思いましたがタイムリミットー。明日できるかなぁ。
壮一帆さんに関しても後でじっくり。
とりあえず今日のところは謝っておきます。ごめん!ガラスの競艇が幸せを運んでくるとか見えてないのかメガネメガネとかペガサスに馬券握り締めた姿想像したりとか壮一帆さんの持ち馬「モウソウペガサス」が出馬する夏の中央競馬トゥインクルレースで万馬券とか言ってて……(そこまで言っていたのか)。
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07月08日(土)
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