ID:26167
マシンガン★リーク
by 六実
[828333hit]
■『本気になる相手を間違えてはいませんか?』
ところでフェルゼンの歌う「愛の三叉路」(今プログラム確認したら「アン・ドゥ・トロワ」というタイトルでした)は今回初出ですか?私は初めて聞いたのですが、これが今回のベルばらの全てだなぁと思っています。 三叉路で立ち止まっているのはフェルゼンのみならず、アントワネットもオスカルもそうだと思っています。アントワネットの三叉路には「子供のための道」とか「国のための(王妃としての務め)道」とかが入り、オスカルの場合は「王宮のための道」「国のための(民衆=国民のための)道」とかが入るんだと思います。で、三人が三人ともその三叉路を前に迷っている。違う国で同じ年に生を受けた三人が、三叉路で迷っている。その三叉路を自分でひとつ選んで進んでいったのがオスカル、フェルゼンに助けられて三叉路を選んで歩きはじめたのがアントワネット、そしてその三叉路に立ち止まったままなのがフェルゼン……いつもの事ながらどんどんわかりにくくなっていますが続けます。
最初に私が感じた「大人になる」はその三叉路を選ぶという行為なんじゃないかと思いました。大人になると色々な経験や立場から、選択肢っておのずと増えてくると思うんです。そしてその中からひとつを選んで進む、それは立場上選ばざるを得ない場合もあれば、自らの確固たる意思である場合もある。何かを犠牲にして選ぶ場合もあれば、何かを手に入れるために選ぶ場合もある。それが成功するか失敗するかはわからないけれど、選んだことに対する功罪はすべて自分にふりかかかってくる。なんだろう、自分自身の人生に対して責任を持つとでも言えばいいのかなぁ……そういう行為を「大人」とするならば、三叉路で立ち止まっている迷っている三人は子供、あるいは迷い子なのかもしれない。三人以外はみんなその三叉路を選んで進んでいる人たちばかりなんですよね。フェルゼンとメルシー伯の場面が一番象徴的で、メルシー伯はフェルゼンに王妃様の事を本当に考えていないと罵られながら、王妃が王妃である為の道を頑なに主張するわけじゃないですか。それがメルシー伯が選んで進む道だから(そしてそのメルシー伯の前で道を選ぶ事に迷ってしまったフェルゼンは完全に負けたわけで)。アンドレもオスカルとの事に悩みつつも、「自分は死ぬまでオスカルを守る」と道ははっきりとしているから「大人」。プロバンス伯爵やブイエ将軍には「貴族の立場を(自分の利権を)守る」という道を進んでいて、ルイ16世には「錠前を開ける」という道を進んでいて(どういう道だよ!)、デュガゾンは「フェルゼンを監視する」という道を進んでいて、ヨルゲン陸軍大臣は「スウェーデンの名誉を守る」という道を進んでいて、その部下達は「ヨルゲン大臣の為なら俺たちがんばる!(大佐命!)」という道を進んでいて……なんだか話がずれてきたな(笑)。でもとにかく三人以外はそうした道(目的とか使命とか趣向とか生き様とか)を確固たる思いで進んでいるわけです。けれども三人はその道を選ぶ前段階にいる訳で。それを選ぶ過程が、もっと言うとその「ぶれ(迷い)」が固まっていく様子が物語というかドラマになるのかもしれないなぁ(逆を言えば主役(級)以外は固まっていないと話が成立しないというか)。
「国の為」「王宮の為」と悩んでいたオスカルは、最終的に「国の為」の道を選んで進んでいって散っていった(描かれていないけれど)。
アントワネットは最終的に「フランス王妃の務め」「母としての務め」を選んで進んで弾頭台の露と消えた。それが物語の「ドラマ」になっている。
[5]続きを読む
10月03日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る