ID:26167
マシンガン★リーク
by 六実
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■※※※
お前ちゃんと食ってたのか?と聞こうと振り返ったら、一帆が着替えていた。シャツを無造作に脱ぐと、上半身が露になる。鍛えていただけあって、いい筋肉をしている。けれどもそれを覆う皮膚はやけに薄くて、冷たくて、いやに無機質な印象を与える。
「何見てんだよ」
一帆がニヤリと笑った。俺は別に、と言った。
なんとなく、聞く気が失せた。聞いてもきっと、答えないだろう。
不意に俺は一帆の何を見ているのだろうと思った。大学の寮でのルームメイト、学部は違うから、キャンパスでは滅多に顔を合わせない。たまに見かける一帆はいつも誰かと一緒だけれど、その誰かが一緒だった試しがない。高校の頃は剣道でかなり知られた存在だったらしい。けれども今は剣道部からの執拗な勧誘をかわし、ただ大学生活を謳歌している、のだと思う。そういうほど、俺は普段の一帆を知らない。俺みたいに寮にいなくてはならない理由もないだろうに、というのも憶測にすぎない。俺は一帆を取り巻くものを知らない。時折、ぼろぼろと言っていいほどに酔っ払って帰ってくる。女の匂いがすることもある。俺は一帆がどこへ行っているのかしらない。どこから帰ってきたのか想像もつかない。だから、俺はいつも今目の前にいるこのルームメイトがわからない。
干渉する必要はないし、きっとそれを求められてもいないし、したいとも思っていない。俺たちは、お互いに踏み込まずにそこそこ上手くやっている。共同生活にありがちな互いへの不満も、お互いに上手く避けている。それ以上、何も必要でない。
ばふっと、一帆が脱いだシャツを俺に投げつけた。
「だから、見てんじゃねーよ。ヘンタイ」
どうやら俺の視線は固まったままらしい。俺は目線をそらした。
「見てね―よ、見たって楽しくもない」
「そうか?割と見ごたえあると思うぜ?」
一帆はおどけて、ポーズを取った。俺は笑ってシャツを投げ返した。一帆はそれをひらりと避けた。
「どこ行くんだ?」
もう夕飯時だ。
「ないしょ」
カワイイ声で言う一帆、かわいくねーよ、と俺が毒づいても気にしていない。いつもと同じ当たり障りのない、触らない会話。
そうやって、俺は何も知らないままだし、知らないままでいい。けれどもやはり、すこしだけ。
「……無理すんなよ?」
「え?何が?」
「、なんでもねーよ」
友を心配する、とは聞こえがいいが、多分そんな言葉は正しくないような気がする。
黒のタートルに、綺麗な形のジャケットを羽織ってコートを着る。そしてそのまま部屋を出て行く一帆が、ドアの前で背中越しに言った。
「ありがと」
「え?」
「……おみやげ」
「え、あ?ああ」
そして一帆は手をひらひらさせて、どこかへ行った。俺の知らないところへ俺が知らなくてもいい目的で、そして俺はきっとこの部屋にいる一帆以外は何も知らないでいる。
不思議な奴だ。俺はいつもそうやって一帆に感じている例え難い感情を、その一言で片付ける。友情と呼ぶほど馴れ合ってはおらず、他人とするには余りにも存在が近い。ルームメイト。きっとお互いに卒業すればそれきりになることは想像に難くない。ただ、社会や世間との狭間で、このモラトリアムを一緒にすごしている。この限られた空間だけで。
もういい、急に疲れと睡魔が襲ってきた。俺は考えるのをやめて、さっさと寝てしまおうと思った。ところが出かける前にきっちりベッドメイクしていった俺のベッドはぐちゃぐちゃになっていた。一帆だ。一帆のベッドを見ると、さらにぐちゃぐちゃになっていた。何かこぼした跡もある。自分のベッドを直す事より、手っ取り早く俺のベッドにもぐりこんだといういきさつは良くわかった。
「あんにゃろ……」
けれども眠い、疲れた、もう何も考えたくない。
俺は仕方なくそのベッドにもぐりこんだ。身体が泥のように溶けていく。ベッドからは、すでに慣れた一帆の匂いがした。
モラトリアム、このモラトリアムをただ共にすごすだけの俺たちが、この狭い部屋にいるのは何か、何か……そこで思考はとぎれて、深い深い眠りにおちていった。
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08月07日(土)
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