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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■陳昇と3人の弟子(上)
今日ですね!
金城武さん、お誕生日おめでとうございます。
募る想いはネタバレへ……ということで、ここではお誕生日とは直接関係ないけど、
久しぶりに昔の金城さんにかかわりある記事を訳してみました。
金城武、レネ・リウ(劉若英)、リッチー・レン(任賢斎)という、
台湾の名だたるアーチストが、いずれも陳昇(ボビー・チェン)の弟子だということは
みなさん、ご存知と思います。
この記事は、陳昇と3人とのそれぞれの交流を語ったものです。
長いので、2回に分けて。後半はレネとリッチーの話です。
(前にもアップした気がするけど、写真はやっぱりこれですかね)
右見て左見て前向いて:陳昇と3人の弟子
もし、中国語歌謡界に本当にまだ待ち望むに値する「哥(兄貴)」がいるとしたら、
それは「昇哥(セングー)」をおいて外にいないと私は思う。
齢50を越した陳昇は、ずっと、ヒッピーのようにふらふらと、
放蕩の限りを尽くしてきたが、
傲慢と天真爛漫が混じり合った魅力をおのずと備えている。
混乱する2010年の中国語歌謡界にあって、彼は突然アルバムを発表した。
タイトルを、少々けしからぬ響きの「追伸 そうさ、俺は台北にいる」という。
私はこの怪老人を音楽界の清流とは呼びたくない。
実はとても”邪悪”だ、そうじゃないだろうか?
まるで黄薬師と周伯通(どちらも『射雕英雄傅』中の人物)を合わせたようだが、
外見はいつでも須菩提祖師(仏陀の弟子。孫悟空の師)のようだ。
このジイさんのアルバムが「中国語音楽界を救」えるかどうか、
憶測するのはすっぱりやめることにしよう。
だが、アルバムの曲目を見ると、「取っては捨て」「妹」「ネズミ万歳」「ブラジル万歳」……
わかったよ、昇兄貴が今回、どんなふうに遊んでいるのか
聞いてみたくてうずうずするよ。
一番心をひかれたのは、このアルバムに収録された「20歳の涙」だ。
これは陳昇が、その一番弟子である金城武のために書いた歌である。
今、80年代生まれの大部分、90年代生まれの人のほとんどは、
実は、怪老人陳昇が、金城武、リッチー・レン、レネ・リウという
名声赫々たる3人をその掌中に収めていたことを知るまい。
この3人の、一見全く関係ないようでいて実は一致する互いの気質は、
陳昇という彼らの生涯に深い刻印をのこした男の手を借りて、
最終的に奇妙かつ完璧に共鳴し合うのだ。
陳昇と金城武:20歳の涙、泣いてはいない、笑っているだけ
今、世の中に氾濫する「イケメン」たちにとって、金城武は、
彼らを常に顔色なからしめるスターであり、
各時代の少年少女が心に抱く不老伝説の人物である。
こんな俗悪な形容詞を使って申し訳ないが、
しかし、時は確かにこの男性を厚遇している。
彼はどんなときも驚くほどハンサムで、ストイックなほどクールだ。
私たちは習慣的に、彼の演じる無数の情深く、憂鬱で、不まじめで、
わがままな役の人物の内に、彼の真実が表れていないか探そうとするが、
決してその神秘が解明されることはない。
時を最初の頃までさかのぼらないと、
我々は金城武が芸能界に足を踏み入れたときは歌手であり、
シンガーソングライターでさえあったことを忘れてしまっている。
陳昇門下に入った彼は、全部で8枚の北京語と広東語のアルバムを出した。
ただし、成績は同時代のジミー・リンら若手歌手たちに、遙か及ばずじまいだった。
97年発表の「多苦都願意」は、質は高かったが売れ行きは芳しいとはいえず、
このアルバムを最後に、金城武の歌手としてのキャリアはピリオドを打つことになった。
だが、陳昇と金城武、この師弟は初めからよく心が通じていた。
師匠は友人と繰り出して楽しくやるのを好み、
弟子は家にこもっているのが好きというように、性格は正反対に見えるが、
どちらも繊細でロマンティックであり、
心の奥底にぬぐい去れない憂鬱をひそませている。
金城武は陳昇のために「路口」という曲を書いている。
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10月11日(月)
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