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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■チョウ・ユンファ降板確定、続報●プロデューサーの話
ビル・コン(「黄金甲」の出資者の1人)はユンファの「黄金甲」の出番の撮影が
全部終わった後で、保険会社と契約をしたんです。
「黄石的孩子」については、ユンファは20日しか撮影がなく、
出演料もたった数十万でした。保険会社はプロデューサー全員に
自分の取り分を抵当に入れることを要求して、やっと保険に同意したわけです。
――契約のどんな条項が、あなた方は受け入れることができなかったのですか?
張 本当にすごく多かったし、組合の規約(中国、ハリウッドとも)を超えていて、
受け入れられないものも少なくありませんでした。
いちいち例は挙げたくありませんが。
脚本は去年の初めに渡している
――脚本は先週になって初めて渡されたと言われていますが?
張 くだらないですよ。去年には、早くできた原稿をひそかに見てもらってます。
ユンファはアメリカで撮影中でしたが、周瑜と小喬の恋愛シーンを提案し、
私達もそれはいいと思いました。
去年の初めに最初の脚本ができあがるとすぐ、
ユンファとトニー・レオンに送りました。
ユンファはちょっと意見があって、ウー監督と脚本の陳汗に伝えることにし、
脚本はチョウ・ユンファの意見に基づいて手を入れたのです。
その(修正した)脚本の方は、確かに1週間前、彼が受け取りました。
彼の近作4本全部の出演料を合わせても、「赤壁」には及ばない
――出演料の1回払いを要求したと聞きましたが、そうですか?
張 そうです、確かにそう要求しました、
どの映画でも平等にそうやっているからと言って。
その後、私が何度も泣きついて、ようやくまず50%払い、
受け取って3日後に撮影に参加するということで承諾してもらったのです。
しかし、残りの50%は、こちらが銀行に口座を開いて入れておき、
撮影が半分まで終わったとき、彼に払わねばなりません。
彼は1回で全額受け取るわけではないけれど、
私は1度に金を用意しなければならないんです。
――出演料はいくらなんですか?
張 500万米ドルに、世界公開分の配当です。彼に損はさせてません。
彼が最近出た4本の映画の出演料を足しても、追いつかないくらいです。
ユンファを連れてハリウッドに 15年間びた一文取らず
――あなたとユンファとはいつから仕事をするようになったのですか?
張 私とジョン・ウーは以前香港の新里程という会社にいて、3本の映画を撮りました。
「縦横四海」「槍神」「我愛紐紋柴」で、全部チョウ・ユンファが出演しています。
そのころはとてもいい関係にありました。
――あなたが彼をハリウッドに連れて行ったと聞きましたが?
しかも15年間1銭もとらなかったとか?
張 どう言ったらいいでしょうね、
ジョン・ウーの「男たちの挽歌」が彼を大スターにしたし、
ジョン・ウーの「喋血双雄」と「槍神」で、
外国人も彼に興味を持つようになりました。
私はただボランティアの紹介者に過ぎません。
――最初はどのように紹介≠オたのですか?
張 1991年から1992年の期間に、彼のためにシカゴ、ニューヨーク、ボストン、
それにイギリスのロンドンで、「チョウ・ユンファ回顧展」を開催し、
6、7本の彼の主演映画を上映して、
外国の観客と映画評論家に彼のことを紹介しました。
後に、ハリウッド最大のマネジメント会社の1つである
ウィリアム・モリス・エージェンシーに彼を紹介して契約させましたし、
彼のためにビバリー・ヒルズでパーティーを開き、
大勢のプロデューサー、脚本家、監督らを招いて引き合わせることもしました。
――彼のハリウッド進出に手を貸したのですか?
張 そうです。私は彼のために「リプレイスメント・キラー」や
「アンナと王様」などの映画を取りました。
自分で金を出して3本の脚本を彼のために書いてもらうこともしました。
「X-LA」「Charlie Apana」「Lost In Translation」(コッポラのとは別物)です。
たぶん、彼はとっくに忘れてしまってるでしょうが。
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04月17日(火)
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