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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■South China Morning Post紙の記事(香港)
その役がきちんと作られているかどうか、
あるいは物語の背景にメッセージがあるかどうかです」
おそらくそれが、なぜここ数年、
香港映画への出演が減っていたかの説明になるだろう。
東京に長期滞在し、家族のいる台北にちょくちょく帰りながら、
金城は2000年以降、香港の監督とは4作品しか仕事をしていない。
1990年代には16本もの映画に出ていたのにだ。
「そう変えたのはぼくじゃなくて」と彼は言う。
「環境が変えたんだと思います。
香港の映画産業がどん底になり、製作本数が激減したのが1997年頃。
その結果、良質の作品の製作本数も減りました。
オファーはあったけど、いい脚本は少なかった」
だが、金城の香港における運勢は、今、再び上向きになりつつある
――そしてもっと多様な仕事をしたいという彼の願いは、
少しずつ実を結び始めている。
「傷城」のプレミアのため香港に現れた金城の姿は印象的だった。
黒ずくめの服に、もじゃもじゃのヒゲが目立っていた。
張徹のマーシャルアーツの名作「ブラッド・ブラザーズ」を
ピーター・チャンがリメイクする「刺馬」の、粗野な山賊役のためである。
オリジナル版と同様、「刺馬」も、
金城と劇中の兄弟役ジェット・リー、アンディ・ラウの間の、
目を引くアクションシーンを中心に展開する。
この3人が仇敵同士になるからだ。
金城は「LOVERS」よりさらに上手にアクションをこなすことを期待されており、
それは彼にとっても楽しみな挑戦である。
「いつも言われてましたよ、
こういうアクション映画はうまくやれないだろうってことを、
こんなふうに……『ああ、君は恋愛物がすごくあっている』ってね」
と彼は言った。
「だから、これができたらすごく気持ちがいいでしょうね。
うまくやれるかどうか心配もあったけれど
――でも、それは期待が交じった不安です。
できると証明できればそれも素晴らしいし、
またぼくのキャリアを新しい方向へ進めてくれると思う」
スクリーンから離れた彼は、「刺馬」の役とは全然違う。
ショウビジネスの世界に入る前、ファッション誌の清純なポスターモデルの彼は、
テレビコマーシャルの常連だったとき、
エージェントが十代のアイドルにするため、学校をやめることになった。
近年、彼が移動するときは、相当数の側近達
――マネジャー&アシスタント軍団と我々はよく言う――
に付き添われているが、東京での生活はもっとシンプルだ。
東京では制限が少なくてすむと、彼は言う。
今年、香港に「傷城」撮影のため滞在していた金城は、
出演者からもスタッフからも、町をうろつかないよう忠告を受けていた。
「東京はもっと暮らしやすい。
多分、パパラッチが大勢うろうろしていないからだと思います。
東京で売られてるタブロイド紙はせいぜい1、2紙だけど、
台湾や香港では町中にあふれています」
しかし、彼は香港のゴシップ雑誌からも、何とかうまく身をかわしてきた。
そして彼が公にしてもいいと言った個人情報は、
家族の背景のことがちょっぴり――父親はアメリカに、
母親は台北に住んでいるということだけだった。
プライバシーを守り通すことには、2つの影響がある。
恋愛や日常生活のゴシップが少ないため、
オフではなく、スクリーンで何をしたかによって判断してもらえることが1つ。
反面、このような露出度の低さは、
移り気な観客から忘れられる危険を冒すことでもある。
金城はあまり心配していない。
どっちみち、と彼は言う、賞を獲るような俳優になろうと始めたのではないのだ。
「本当に最初の頃は、職業だとも思っていませんでした」
テレビCMに出ていた、そしてポップスターだった時代を思い起こしながら、
彼は話す。
「勤めに行くという気持ちでしたね。
自分のすることについて深く考えたりしなかった。
CDを出すたびに、どうしてあんなに大勢の人が
自分に熱中するのかなんてことは、特に」
自分がやれることについて、彼の見方を変えたのはウォンだった。
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01月17日(水)
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