ID:22831
『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■米国社会の「無責任」の土壌
1、社説:リーマン1年 変わらぬ「無責任」の土壌
2009年9月14日 毎日
リーマン破綻1年―運命を共にする時代
2009年9月14日 朝日
米国発金融危機関連情報目次
http://ameblo.jp/syougai3/entry-10333926821.html
米国発金融危機関連(米国)情報 18
http://ameblo.jp/syougai3/entry-10333926821.html
2008年年9月15日リーマン・ブラザーズが経営破綻(はたん)し、世界の金融・証券市場に激震が走った日から「米国発金融危機関連情報」として膨大な情報を整理」した。衝撃波はウォール街から米国市民の暮らす街まで激流のように押し寄せた。特筆すべきことは、リーマン破綻では、失敗のツケが世界経済全体に及んだことだろう。
米国社会の実態に関心のある方は「米国発金融危機関連情報目次」を開きください。役1年300題余りの記録は収録されています。金融危機の衝撃が緩和されて来たので、この記録は209年8月の18を持って終了とした。ここでは情報の収録場所のご案内に留めます。
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1、社説:リーマン1年 変わらぬ「無責任」の土壌
2009年9月14日 毎日
衝撃とその後襲った不安の大きさから、「金融の9・11」と呼ばれることがある。2008年9月15日。米証券大手、リーマン・ブラザーズが経営破綻(はたん)し、世界の金融・証券市場に激震が走った日だ。衝撃波はウォール街から我々が暮らす街にまで押し寄せ、世界経済は底なし沼にのまれていくかのようだった。
なぜ、こんなことに−−。多くの人々が理解できないまま職や家を失った。ここへきて市場は安定を取り戻し、景気も最悪期を脱したように見えるが、危機はくすぶり続け、傷は地球のあちこちで癒えずにいる。
1年を振り返り、二度とこのような金融の暴走を招いてはならないと思わずにいられない。だが、現実はどうだろう。教訓は十分、生かされようとしているだろうか。
危機をもたらした金融暴走の背景には、業界に蔓延(まんえん)した過信と無責任さがあった。リスクの十分な吟味もなく、自分さえもうかれば、今さえよければ、と他人の資金に頼ったマネーゲームに興じた揚げ句、バブルがはじけて破綻の危機に直面した。
普通の企業が経営に行き詰まれば倒産となり、企業と一部の取引相手がツケを払う。リーマン破綻では、失敗のツケが世界経済全体に及んだ。規模が大きすぎたのである。
あわてた米欧の政府は、大手金融機関に公的資金を使って資本を注入したり、経営統合を促したりと、“第2のリーマン”回避に腐心した。結果、最悪の事態はひとまず防ぐことができたが、重大な禍根を残した。「無責任」が再びはびこる土壌を作ってしまったのだ。米国では小規模な金融機関が相次ぎ倒産に追い込まれる中、巨大金融機関は救われて残り、そればかりか、ますます大きくなろうとしているのである。
大きすぎてつぶせない金融機関は無責任な利益追求に走る恐れがある。大きなリスクをとって吉と出たら自ら大もうけし、凶と出たら政府が助けてくれるからだ。一方で投資家の資金は“安全な”巨大金融機関に集中していく。「大」がどんどん太っていくメカニズムだ。
主要国の政府は、金融機関の肥大化を許すべきではない。巨大銀行でも粛々と破綻処理できるような仕組みを主要20カ国・地域(G20)で議論しているが、実効性には疑問がある。やはり大きくなりすぎないよう規模に歯止めをかける方策を真剣に検討すべきだ。資産総額に対する必要自己資本の比率が資産規模に比例して増大する規制の導入は一案だろう。
経済あっての金融だ。逆ではない。「9・15」の記憶が新しいうちに、責任ある金融を目指した制度づくりを急ぐ必要がある。代償はあまりにも大きかったのだから
リーマン破綻1年―運命を共にする時代
2009年9月14日 朝日
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09月15日(火)
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