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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■ イージス艦衝突事件
連日の報道が続いているので、ここであえて記述する必要もないようだ。
しかし、2008年2月の事件としては記憶に留める必要がある。ここでは主要な社説の目次を引用(本文はエンピツに保管)する。
イージス艦衝突 情報小出しが目に余る
2008年2月22日 東京新聞社説
イージス艦事故 漁船との衝突も回避できぬとは
2008年2月20日 読売新聞社説
イージス艦衝突 どこを見張っていたのか
2008年2月20日 毎日新聞社説
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イージス艦衝突 情報小出しが目に余る
2008年2月22日東京新聞
イージス艦の漁船の視認は「衝突の十二分前」だったという。ならば、衝突は回避できた可能性がある。監視員が知っていたなら、一日遅れの公表はなぜか。情報を小出しにする体質が目に余る。
いつイージス艦「あたご」の監視員が、漁船「清徳丸」の灯火を確認したのかが、今回の事故の大きなポイントの一つである。
当初、防衛省は「衝突の約二分前に灯火を確認した」と説明した。約一分前に漁船と認識して、車の急ブレーキにあたる「全速後進」をかけたものの衝突は避けることができなかった、という内容だった。
新たに「灯火の確認が十二分前だった」と発表されたのは重要な意味を持つ。これだけ時間の余裕があれば、危険察知とともに回避行動をとれた。衝突しなかった可能性が強く出てくるからである。仮に漫然と航行を続けたのなら、さらなる重い責任が追及されてしかるべきだ。
そのような重要な情報が公表されたのが、翌日の午後というのは、あまりに遅すぎる。当事者は事実をひた隠しにしたのではないかとも、推察されるからだ。指弾されてもやむを得まい。
「清徳丸」の僚船は「レーダーで気づいたのは約三十分前。イージス艦もそのころ、こちらに気づいたはずだ」とも証言している。同省が確認したという「清徳丸の灯火」についても、船団の一隻の船長は「僚船の光だ」と反論する。この食い違いをどう説明するのか。
同省では清徳丸を一度視認し、見失ったかどうかも「分からない」と言う。水上レーダーに映っていたかも「不明」と言う。これではミサイルを撃ち落とす最新鋭艦は、“足元”さえおぼつかないのと同然だ。
小回りの利く漁船の側が回避するだろうというようなおごりが、果たしてイージス艦側になかったか。監視員の手抜かりや、視認後の操船のずさんさも疑われる。過去の潜水艦「なだしお」の事故では、航泊日誌の改ざんがあった。今回も他に隠し事がありはしないか。
海上自衛隊の幹部が、行方不明の親子の親族に「報道陣に何も話さないで」と求めた。この発想はどこから来るのか。首相や防衛相への一報も遅れた。何かを国民に秘匿しようとする体質があるのなら、文民統制の上からも極めて重大問題だ。
衆院安全保障委員会の質疑が二十二日に予定される。事故当時の実情が、いまだにベールに包まれ過ぎる。防衛相への辞任要求も出よう。政府は真面目(まじめ)な態度で臨め。
イージス艦―責任逃れをするな
何が起こったのかを正確につかみ、ただちに報告させて公表する。これは間違いを犯した組織が信頼を取り戻すための基本である。漁船との衝突事故をめぐる自衛隊の対応をみると、その最も大切なことがまったく守られていない。
それどころか、時間がたつにつれて自衛隊の説明が変わり、都合の悪いことが出てくる。これでは自分たちに不利な情報を隠し、責任を逃れようとしていると思われても仕方があるまい。
小さな漁船「清徳丸」とぶつかり、その船体を切り裂いた海上自衛隊のイージス護衛艦「あたご」の見張り員が、衝突の12分も前に漁船の灯火を確認していたことがわかった。
「2分前に発見し、回避行動をとったのは1分前」としていた事故当日の説明を一転させたことになる。
漁船をいつ見つけたかは、衝突の原因を追及するうえで、きわめて重要な情報だ。それがなぜ、すぐに出てこなかったのか。なんとも理解しがたい。
さらに信じられないのは、漁船に気づいてからのイージス艦の動きだ。
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02月23日(土)
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