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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■初めての読者に (2003年8月15日記述)
1 あいさつ
2 エッセイ 「日々の映像」
3 日々の映像記述の動機
4 交流の散歩道(短歌と詩)
1、 あ い さ つ
日々の映像と題するホームページを作るに当たって少々のことを書きしるしたい。私は2002年6月に会社を退職するまで、パソコンに触れたことがなかった。その私がホームページを作るに至った経過をこのページを開く皆様に対して、ご挨拶を兼ねて説明をさせて頂きます。
1997年1月から1日1枚の日々の映像を書き始めた。私の目に映る社会の出来事を「映像」と名付け、その印象、適切な捉え方、多少の意見などを記述してきた。妻が書道の心得があったので、私が原稿を書き妻が清書して日々の映像を完成させた。
今の時代に手書きエッセイは珍しく、スタート1年で50名余りの読者が出来て途中で辞められなくなった。この手書きの日々の映像は2001年12月まで満5ヵ年1825回の記述となった。しかし、手書きの原稿であるため月末に行なう校正が大変で、2002年1月からパソコンに入力するようになった。
しかし、パターンは以前と一緒で私が原稿を書き妻が入力してきた。2002年10月から1ヵ月パソコンを習いに行ったが、自分で日々の映像を入力することになるとは夢にも思っていなかった。しかし、私がパソコンを操作する決定的な動機が訪れた。妻が2003年1月に病気のため入院したのである。
仕方なく、妻の看護をかねてパソコンを病院に持ち込み入力を始めた。少々の知識もあったので、それから以後自分で日々の映像を完成させるようになった。身近にパソコンのプロが何人もいるので、教えていただき5月から電子配信をするようになった。
これと平行してホームページの準備に取り掛かった。作ろうと思った動機は、過去の資料の検索である。手を動かして書いたことは記憶に残っている。このテーマは何年ごろ書いたとの記憶があっても、手書きの原稿から見つけ出すのはなかなかの苦労である。
よって、ホームページの中に1997年1月以後の2400回余りの目次をまず整理しょうとの計画を立てるに至った。今回の完成は2002年1月以降の目次と本文700回分、それ以前の1825回分は目次のみである
2003年8月30日
2、 日々の映像
(1)1997年1月から5ヵ年はとりあえず目次のみの表示。
(2)2002年1月から現在までは、全文を掲載。
3、 日々の映像の記述動機
日々の映像を書き始めた動機を質問されることがある。1996年の春シャープのザウルスを買った。このなかの自由レポートの中に、読書感想、友人に対する気持ち、社会の出来ごとなどを我流の短歌で書き込むようになった。そして友人との懇談のとき、ザウルスを開いて談笑の花を咲かせていた。
そんなことをしている内に、友人から「そんなに書いているのであれば、参考にしたいので紙に書いて送ってくれ」との依頼を受ける。そこで、1996年の春から散発的に書き出した。この年は文章でなく、短歌と多少に詩が中心であった。今開いて見るとかなりの分量であることが分かった。
全くの我流の短歌で、ここに挿入することにためらいもあるが、日々の映像の記述動機になった短歌を引用した。以下の短歌はザウルスに残っていたものの中から代表的な短歌である。その他の我流の短歌・詩は、後記する「交流散歩道」の中に入れさせていただいた。
(1) 友人・知人に接して (この短歌は友人に書いて渡したもの)
・喜びも 悲しみ共に 語り合う 友よ何処と 想う時あり
・君の顔 溢れる感性 逞しく 新たに生まれる 明日への道が
・身を固め 山に働く 男たち 大きな声に 力満ちゆく
・君の指 巧みの世界 限りなく 心を奏でる ピアノの響き
(2) 自然の接して
・渓谷の 小さな流れ せせらぎよ 無数に集まり 大河の流れ
・路傍にて 黄金の稲穂に 近づけば 秋の大地の こよなき薫り
・秋風が 優しくほほを 通り行く ススキも風と 戯れ遊ぶ
・平安の 歌人たちも 仰ぎ見た 宇宙に浮かぶ 神秘な光
(3) 子供に接して
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12月31日(火)
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