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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■改正正農地法が成立 企業参入へ規制緩和?
また、欧州のようにゾーニングがしっかりしておらず、転用規制が十分に運用されてこなかったため、特に、平坦で区画が整理されている平場の優良農地が宅地等に転用されるという問題が深刻化した。
都市の拡大により農村地域の地価も上昇し、農地転用を期待した農家の資産的な土地保有も高まったため、意欲ある農業の担い手に対する土地の集積は進まなかった。10アールあたりの農地価格を比べると、米国6万3000円、フランス5万5000円、イギリス15万4000円に対して、日本は147万7000円であり、欧米の価格の実に8〜23倍となっている。
日本では宅地用等の地価の上昇が農業としての収益還元価格を上回る農地価格の上昇をもたらしたため、農地を買って農業を営むことは困難となった。高い価格が農地の売買による移転を阻み、規模拡大は進まなかった。それだけではない。農地の転用期待があると、転用機会が実際に生じた場合に農地を返してもらえないと考えるので、所有者は農地を貸そうとしなくなる。こうして、賃貸借による規模拡大も一層困難となった。
戦前、農地価格の上昇を求める地主勢力に対して、小作人などの耕作者の立場に立つ農水省は抵抗した。だが、農地改革後に成立した農地法は、小作料(地代)は統制したが、「農地価格」(地価)は規制しなかった。小地主となった小作人が地価上昇を望んだからだ。
むろん、農政も手を拱いていたわけでなない。農地法の例外法(農業経営基盤強化促進法)を作って、賃借権による規模拡大を目指した。しかし、前述の通り、ゾーニングがしっかりしていないため、農地の価格は宅地価格並みに引き上げられ、その結果、農地所有者は転用期待を抱き続け、農地の貸し出しには消極的なままだ。
また、そもそも農地法は当初、法人が農地を所有したり耕作したりすることを想像すらしていなかった。節税目的で農家が法人化した例が増えたため、農政は大きく揺れ、1962年に「農業生産法人制度」が農地法に導入されたが、これはあくまで農家が法人化するものを念頭に置いたものであり、株式会社形態のものは認められなかった。
株式会社が認められたのは2000年になってからであり、これについても、農業関係者以外のものに経営が支配されないよう農業者や農業関係者の議決権が4分の3以上であること、役員の過半は農業に常時従事する構成員であることなどの要件があり、また、農地が投機目的で取得されないよう、株式譲渡を制限した会社に限定されている。
現在では、農業に新しく参入しようとすると、農作物販売が軌道に乗るまでに機械の借入れなどで最低500万円は必要であるといわれている。しかし、友人や親戚から出資してもらい、株式会社を作って農業に参入することは、これらの出資者の大半が農業関係者で、かつその会社の農作業に従事しない限り、認められない。
ここに通常の経済活動で行われている「所有と経営の分離」はない。このため、新規参入者は銀行等から借り入れるしかないので、失敗すれば、借金が残る。農業は参入リスクが高い産業となっているのである。株式会社ならば失敗しても友人や親戚などからの出資金がなくなるだけだ。「所有と経営の分離」により、事業リスクを株式の発行によって分散できるのが株式会社のメリットだが、現在の農政はこの方法によって意欲のある農業者、企業的農業者の参入を可能とする道を自ら絶っているのである。
むろん、特定法人貸付事業による企業参入を全国的に展開することは「所有と経営の分離」の観点から一定の評価は出来る。ただ、繰り返すが、この制度では企業による農地の所有権は認められない。株式会社の農地所得を認めないのは、農地の所有者が耕作者であるべきという、かつての農地改革の理念だった「自作農主義」に農地法が依然として囚われているからである。
所有権がなければ、誰も土地には投資しようとはしない。「所有から利用へ」という標語を掲げたところで、利用者が主業農家でも、所有者が農業に関心を持たない脱農・旧兼業農家であれば土地には投資されない。
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07月09日(木)
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