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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■ 非政府組織はアフガンから撤退すべきである。
 1991年にジャララバード近郊のダラエヌールに診療所を開設して以来、井戸掘りや農業指導、用水路建設などを手掛けてきたペシャワール会には、地元に根差してきた自信と誇りがにじむ。

 一時「伊藤さん無事解放」と誤って流れた情報について、地元警察は「身柄を確保した拉致犯の一人と間違えた」と釈明。ワーカーはみな日焼けしてひげを生やし、シャルワルカミーズを着ており、現地人と見間違えられても不思議でないほど地元に溶け込んでいる。

 朝晩の現場への行き帰りも車列を連ね、警戒は怠らないが、伊藤さんは運転手と2人でいるところを拉致された。事業に多くの住民を雇用し地元に歓迎されてきたペシャワール会で、現地滞在が4年近い伊藤さん。地元記者は「住民の歓迎ぶりを過信し、すきをつかれた可能性も否定できない」と指摘する。

 《報復?金目当て?》
 最近のアフガンは急速に治安が悪化している。米軍の死者数は2001年の攻撃開始以来、最多のペース。米軍などの空爆で民間人が巻き込まれるケースも後を絶たず、アフガン国民の反米感情は高まる一方だ。

 ペシャワール会が活動するアフガン東部は、タリバンの活動が活発な地域。ダラエヌールは特に活発なコナル州に近く、伊藤さん拉致は武装勢力による「日本への報復」との見方がある。タリバン報道官は関与を認めているが、実行部隊が実際にタリバンの支配下にあるかは不明で、山岳地帯のコナル州には山賊も多い。

 地元住民の一人は「ペシャワール会の活動は目立ちすぎた」と指摘。重機やダンプカーを使って20キロ以上の用水路を完成させており「金を持っているのは明らかで、狙われる恐れはあった」と話し、金目当ての犯行との見方を示す。

 《不安的中》
 「夏までには日本人を全員撤退させたい」。ペシャワール会現地代表の中村哲医師は繰り返しこう語っていた。「アフガンは今、ほとんどの地域が無政府状態にあり、いずれ日本人が狙われる」。中村氏の不安は的中したが、伊藤さんらの撤退は先延ばしになり、具体的な期日は決まっていなかった。

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朝日新聞社説
                      2008年8月28日

アフガン拉致―青年の志を無にしない アフガニスタン東部で武装グループに拉致されたNGOの伊藤和也さんが遺体となって発見された。

 何と痛ましい知らせだろう。無事の帰還を願っていた家族や同僚たちにとっては最悪の事態だ。戦乱の地で民生支援に汗をかく日本の青年の志が、凶弾によって打ち砕かれてしまった。

 伊藤さんはNGO「ペシャワール会」の一員として、5年前に現地に入った。サツマイモやコメの栽培、灌漑(かんがい)施設づくりに取り組んできた。炎天下、50度近い暑さの中で続く用水路工事を見守る人々の姿に、「小さい子まで、水が来るのを待っているんだなと思います」と会報に記した。

 そんな伊藤さんの命を奪った犯行に、心の底から怒りを覚える。紛争地の人道援助NGOは、どの武装勢力からも中立的な立場を取ろうとする。なのに、なぜ襲われたのだろうか。

 ペシャワール会は中村哲医師がパキスタンで創設し、アフガンでは80年代から医療や農業支援の活動を続けてきた。9・11同時テロの前から、この国に根を下ろしてきたNGOだ。

 伊藤さんも現地語を習い、地元の人々と同じ衣服をまとうなど、共に生きているとの思いがあったに違いない。

 紛争地での活動は、常に危険と隣り合わせだ。それだけに、民生支援に入るNGOは現地の事情や治安情勢を入念に把握し、住民との信頼関係を築くことで身の安全を確保する。ペシャワール会はその点で長い実績があっただけに、それでも完全な安全はあり得ないことを改めて実感させられる。

 拉致された伊藤さんたちを奪い返すため、大勢の村人たちが捜索に加わったと伝えられる。厚い信頼と友情がはぐくまれていたのだろう。


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08月28日(木)
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