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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■ 母子殺害死刑判決 厳罰化の流れが強まるか
死刑は究極の刑罰で、執行されれば取り返しがつかない。「その適用は慎重に行われなければならない」という永山判決の指摘は重い。しかし、死刑判決は増えているのが実情だ。
遺族は法廷の内外で、事件への憤り、無念さ、被害者・遺族の思いが直接、伝わらない理不尽さを訴えてきた。被害感情を和らげるためにも、国が総合的な視点に立った被害者対策を進めるのは当然だ。
差し戻し裁判を扱ったテレビ番組について、NHKと民放で作る放送倫理・番組向上機構の放送倫理検証委員会が「一方的で、感情的に制作された。公平性、正確性を欠く」とする意見書を出した。真実を発見する法廷が報復の場になってはならない。バランスのとれた冷静な報道こそが国民の利益につながる。メディアは自戒が求められている。
来年5月に裁判員制度が始まる。市民が感情に流されない環境作りが急務だ。死刑か無期かの判断を迫られる以上、市民は裁判員になったつもりで今回の事件を考えてみる必要があるのではないか。
被告は上告した。最高裁には裁判員制度を控えて、国民が納得できる丁寧な審理を求めたい。
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【社説】 母子殺害判決 重い課題が残された
2008年4月23日東京新聞
「死刑か無期懲役か」ばかりに関心が集まり、基本的問題が十分論議されなかったのは残念だ。市民が裁く側になる裁判員裁判の実施を前に、刑事司法について真剣に考え理解を深めたい。
山口県光市で一九九九年に起きた母子殺害事件の差し戻し審は予想通り死刑判決だった。厳粛に受け止めるべき判決だが、ここに至る経緯は異常だった。
犯行当時十八歳と一カ月だった被告を一、二審が無期懲役にすると、ネットや週刊誌などで激しい攻撃が始まった。妻を暴行され、愛児とともに惨殺された夫が、極刑を強く要求し、テレビはその顔をアップで画面にとらえ、詳しく報じた。一部メディアは死刑を求める大合唱の場になった。
無期判決を破棄した最高裁、差し戻し審で死刑にした広島高裁の裁判官が、この影響を多少なりとも受けたことは否定できまい。
その陰で「被害者感情と刑罰の重さの関係」「死刑存廃」それに「刑事弁護の意義」という三つの重要問題が置き去りにされた。
愛する家族を理不尽に奪われた遺族の憤りは理解できる。だが、メディアがそれを生の形で報じると社会の報復感情をあおり立てることになりやすい。被害感情を量刑に直接反映させると裁判が復讐(ふくしゅう)の場になりかねない。
被告は中学時代に母親が自殺、実父が若い外国人女性と再婚するなどして不安定な家庭で育った。そうした成育環境が被告の心に与えた悪影響の論議は、最高裁以降かき消されてしまった。
国際的には死刑の廃止国数が存置国数を上回り、なお増えつつある。日本では真剣な議論が行われないままこの流れに抗し、死刑判決が近年、増加している。
裁判員裁判では、被害者感情への対応や死刑を含む量刑の判断を市民が迫られる。一人ひとりが自分の責任で意見を言えるよう、考えを深めておきたい。
殺意を否認した弁護団に対する攻撃も異常だった。タレント弁護士がテレビで攻撃をあおるかのような発言をし、弁護士会に懲戒を求める請求が殺到した。
どんな凶悪事件の被告にも適正に裁かれる権利がある。それを守る弁護活動が被害者感情、市民感覚と合致しなくても、封じることは許されない。
犯罪への対応はその社会の成熟度を反映する。裁判員裁判に臨むにあたり、刑事司法をわがこととしてもっと関心を持ちたい。
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母子殺害死刑 常識に沿う妥当な判決だ
2008.4.23 02:23 産経社説(主張)
少年といえども凶悪で残酷な事件を起こせば、厳罰でのぞむという裁判所の強い姿勢がうかがえた。社会の常識に沿った、極めて妥当な判決と受け止めたい。
犯行当時18歳1カ月の少年に死刑を適用するかどうかで注目されていた山口県光市の母子殺害事件の差し戻し控訴審で、広島高裁は元少年(現在27歳)に死刑判決を言い渡した。
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04月24日(木)
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