ID:22831
『日々の映像』
by 石田ふたみ
[258701hit]

■余  録
 98年3月8日の日々の映像では、「この常識が怪しいのである」としてペンを置いた。今日は、この常識について多少加筆したい。アインシュタインは常識について次のように言っている。

 「常識とは18歳以前に沈殿して積もりに積もった偏見以上の何物でもない。その後に出会うどんな考えも、この常識という概念と戦わなければならない」

 人間は、アインシュタインが指摘するように、ある一定の年齢でそれなりの常識が固まると、より深い認識・考えなどを受け付けない習性があるように思う。よって、同氏は、「常識とは18歳以前に積もりに積もった偏見以上の何物でもない」と切り捨てている。なお、偏見を辞書で確認すると、「偏った見方や考えかた」と出ている。
 
 さて、前段で書いた「自分の持つ常識で相手を評価する傾向(習性)がコミュニケーションを計る上で、最大の障害になっていると書いた。これもアインシュタインの偏見に当てはめれば「自分の持つ偏見で相手を評価する傾向(習性)」となる。

 夫婦の間で、これがもろに出てくれば、コミュニケーションが保てないどころか、離婚まで発表することになると思う。大切なことは、人生万般の知識や物事の認識方法を深めていくことだろう。
 
 さて、これらを深めていけば、離婚は少なくなるのだろうか。もっと深い次元で離婚の原因があるのではないかと思い1998年4月5日に「別れ(離婚)のメカニズム」と題し記述した。ここでは、この日書いた大半を引用したい                                      
「・・・今日は晴天であった。桜の満開の時を迎えて、花見を楽しむ家族連れやグループが、多く繰り出していることであろう。一見平和な社会の片隅で、今日も何万人もの夫婦が血走った目と目で睨み合い、罵倒しあっているのだろう。
 
 アメリカなどから比較すれば、少ないと言いながらも97年も22万5000組の夫婦が離婚した。この離婚にも1997年2月3日に記述した自殺者と同じ統計的な背景があるような気がする。この2月3日に引用したポイントは「自殺を実行し、目的を果たしたが2万3000人で、自殺を試みて失敗した人たちが10万人あまりいる。」ことであった。

 この離婚も目的を果たした夫婦が22万5000組で、離婚をこころみたが周囲の説得あるいは子供のために踏みとどまった夫婦がどれほどいるのだろう。離婚を決行したカップルの2倍(44万組)なのか、3倍(67万組)なのか、いや、もっと多いと思う人もいるかも知れない。

 離婚したいとはいわないが、潜在的に出来るものなら離婚したいと思っている夫婦がどれだけいるのだろう。

 半年前のことである。少々お世話になっている会社の50歳代の方と少々懇談する機会があった。A子さんの次の言葉に驚いた。「これから毎日主人が家にいると思うとゾッとする」と語気鋭く言い放った。
 
 これは定年離婚の予備軍ではないかと思った。このA子さんも笑顔をたたえて結婚式を挙げ、子供の誕生を夫婦で喜び合った日々もあったはずである。時は流れて、今では一緒にいること自体がゾッとするというのである。何故このようになってしまうのであろう。
 
 3月8日、夫の暴力に関連して「何故コミュニケーションが保てない」と題して記述した。自分の持つ常識で相手を評価する人の性も離婚を誘発させる1つの原因のように思う。
 
 しかし、この常識・感覚的な原因が、人と人との破局の総てであるとは思えない。もっと深い次元で人間の心の黒い霧というべき実態があるような気がする。
 
 イタリアの著名な社会学者であるアルベローニさんが書いた「平気で嘘を言う人」という本が少々のベストセラーになっている。この本の227頁に「ある有名な金言によれば、人間は悪(嫌なこと)を与えられれば、それは大理石に刻むが、善(好ましいこと。愛されることなど)を与えられれば埃に刻む」とあった
 。この意味は、嫌な思い出は心の大理石に刻むが、好ましいこと、自分が愛されたことなどは机の上の埃にその記憶を刻むというから、総て忘れてしまうといっているのだ。
 

[5]続きを読む

01月31日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る