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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■日本航空:負債総額は2兆3221億円の破たん
 1986年まで日本と外国を結ぶ唯一の国内航空会社だった日航は、海外へのあこがれをかきたてる存在だった。操縦士や客室乗務員は子どもたちの人気の職業であり、大学生の就職人気ランキングでも常に上位を占めた。

環境変化を直視せず

 強い輝きを放った有名企業が、なぜ転落したのか。85年の日航機墜落事故や、海外ホテルの買収の失敗などいろいろな事件はあったものの、日航の経営が本格的におかしくなるのは21世紀に入ってからだ。

 90年代の日本経済は「失われた10年」と言われたが、航空市場は例外的に高成長を続けた。日航が様々な問題を抱えていたにしても、右肩上がりの環境がそれを覆い隠した。

 だが、世紀が変わって、より直接的には2001年9月の米同時テロを転機として市場の伸びが止まった。その後も新型肺炎の流行や金融危機の発生で需要は大きく下振れし、業績は低空飛行を余儀なくされた。

 過去10年の日航の合算純損益は1千億円を軽く突破する巨額の赤字だ。それでも破綻を免れてきたのは、ひとえに公的金融機関の支えがあったからだ。

 だが、状況が悪化しても、危機感はなかなか浸透しない。部門間の対立や複雑な労使関係も改革のスピードを鈍らせた。組織全体が「いずれ市場は回復する」という希望的観測にしがみつき、抜本的なリストラは先送りされた。

 その象徴が今回の再建でも大きな問題になった企業年金だ。積み立て不足は10年以上前から指摘されていたが、OBの反発を恐れて、手をつけなかった。ライバルの全日本空輸が早くも03年に後年度負担の発生しない確定拠出型の年金を導入したのとは対照的だ。

 02年の日本エアシステムとの統合は思い切った改革を進める一つのチャンスだった。再編を機に余剰設備や人員を整理するのは、経営の定石だが、ここでも動きは鈍かった。「統合で巨大化すれば、もうつぶれることはない」。こんな慢心が経営陣を支配したのかもしれない。

 日航を追い詰めたもう一つの要因は自由化の進展、競争の激化だ。98年にスカイマークなどが新規参入し、東京―福岡などの幹線で価格競争が加速した。民営化の成功で体力を回復したJR各社は新幹線の高速化に乗り出し、空の客を奪った。

 世界的にもオープンスカイ(航空自由化)政策が広がった。スイスやオランダではナショナルフラッグと呼ばれる代表的な航空会社が破綻したり、他社に吸収されたりした。日航経営陣に十分な想像力があれば、「明日は我が身」の危機感を持ったかもしれないが、残念ながらそうはならなかった。

 米経営学者のジェームズ・コリンズ氏は企業が衰退する段階を「成功によるおごり」「規律なき膨張」「リスクと危うさの否認」「ひたすら救世主にすがる」と分析した。

 過去の成功体験にしがみつき、環境変化による経営リスクを直視せず、最後は政府に頼るしかなかった日航の転落は、まさにこの段階を正確になぞったかにみえる。

赤字止血が優先課題

 こうした経営の問題とともに、日航を取り巻く行政や政治の問題もむろん大きい。今年春に開港する茨城空港は当初年間81万人の利用を想定したが、実際には10万人強にとどまる見込みだ。

 需要に関係なく各地に空港をつくり、航空会社に就航を迫る。こうした政官のふるまいが、日本の航空会社の経営基盤を弱め、国際的な「空の大競争」への対応を遅らせた。

 日航再建にあたって、企業再生支援機構などが投じる公的支援は9000億円に達する見通しだ。仮に再建が頓挫すれば、巨額の国民負担が発生する。そうした事態を避けるには、安全運航を堅持しつつ、「ヒト・モノ・カネ」の3点で、厳しいリストラを進めるしかない。

 法的整理を利用して再生を果たした米国の航空会社の事例をみても、人件費や路線網を大胆にカットしている。

 日航の平均賃金は下がったとはいえ、新興のスカイマークの400万円弱に比べれば2倍強の900万円弱の水準(08年度実績)にある。ほかにも関係会社や老朽機材の整理など改革の余地は多そうだ。とりあえず縮小均衡を志向し、赤字を止めることが最優先の課題である。


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01月20日(水)
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