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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■ 非政府組織はアフガンから撤退すべきである。
 会見は約1時間に及び、現地のスタッフから、現地代表の中村哲医師(61)を通じてもたらされた情報が明らかにされた。福元さんは「最悪のことが、起こってほしくないことが、やっぱり起こった」と語り、中村医師が静岡県掛川市の伊藤さんの実家に「遺体発見」を知らせたことも告げた。
 事件が報じられた26日午後から繰り返された記者会見。それまで冷静さを失うことのなかった福元さんの声が一段と大きくなったのは、政情不安が高まるアフガンで、活動を続ける是非を問われた時だった。「ここで挫折しては絶対にだめだ。非難の声は甘んじて受けますが、これでやめると日本人はだめになる」。ほおには悔し涙がこぼれていた。
 伊藤さんの訃報(ふほう)を伝えてきた中村医師は電話口で「良くない方の推測になった」とつぶやいたという。誤報であってほしいと願う半面、遺体を確認したのが現地の村人だったと聞き、希望は絶たれた。5年間、共に畑で汗を流した伊藤さんの顔を、村人が間違えるはずはない。その後、ペシャワール会のスタッフも身元確認をしたという情報も入り、望みは打ち砕かれた。
 現地スタッフは、拉致された伊藤さんを捜索するため、1000人もの村人が山を登ったことを伝えてきた。その話をした福元さんは「伊藤君、つらかったなと。でも君はやったなと、そう言ってやりたい」と語り、一瞬救われた表情を見せた。
 ◇「まだ受け入れられない」−−静岡の実家
 「正直、家族はまだ受け入れられない」。アフガニスタンで活動中に拉致された静岡県掛川市杉谷の伊藤和也さん(31)の父正之さん(60)は27日夜、外務省から遺体確認の連絡を受けた後、コメントを発表した。妻順子さん(55)とともに自宅で息子の無事を祈り続けたが、かなわなかった。
 正之さんは午後4時半ごろ、自宅近くで会見に応じ、「(和也さんは)向こうの国のために一生懸命やってきたのに、何でこういう結果になるのか。やりたいことの心半ばにも行っていないだろうに。本人も悔しいと思う」と肩を落とした。だが、この時点で外務省は現地で発見された遺体の身元を確認しておらず、「あきらめてはいない。家族としては当然だ」と気丈な面も見せた。
 夢だった途上国での農業指導。その途中、突然の拉致事件に遭った和也さん。犯人グループについて正之さんは「自分の国のため、一生懸命良い国にしようとやってきた人間に、本当にこんなことをするのか……」と絶望の表情も浮かべた。
 午後2時半ごろに正之さんを訪ねた戸塚進也・掛川市長によると、順子さんは26日夜にいったん「無事解放」との誤報があったため、大きく落胆していると聞いたという。【大西量、稲生陽】
 ◇高校卒業時に「夢」−−生徒会誌に一言残す
 夢−−。伊藤和也さん(31)が95年春に静岡県立磐田農業高校を卒業する際、記念として作った生徒会誌に残した一言だ。寡黙でまじめだったという伊藤さん。どんな夢を思い描いていたのだろう。
 同級生だった男性(31)は「将来は青年海外協力隊に入って、外国で活動したいと話してくれたことがあった。進学も決め、海外研修にも参加していた。それが夢だったのかな」と振り返る。
 アフガニスタンに渡って地道な農業支援を続け、現地の子どもたちに慕われるまでになった伊藤さん。夢は実現したのだろうか。
 2、3年時の担任だった青島一弘教諭(44)=同県磐田市=は「『農業をもっともっと勉強したい』という意欲を感じる生徒だった。その先にきっと夢があったんだろう。帰ってきてほしい……」とうなだれた。【平林由梨】
毎日新聞 2008年8月28日 東京朝刊

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伊藤さん殺害 打ち砕かれた「善意」 父親沈痛「まだ受け入れられない」
8月28日8時  産経新聞


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08月28日(木)
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