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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■チェチェン人のテロ攻撃
戦争」(NHK出版)が、とうとう刊行された。彼女はロシアの新聞「ノーバ
ヤ・ガゼータ」の記者。第二次チェチェン戦争が始まったとき、社命でチェ
チェンを取材してからというもの、チェチェンへの関心は彼女の胸を去ろう
としない。
  チェチェンはロシア政府によって封鎖され、外国のジャーナリストが自由に取材することはできない。しかし彼女は、煩瑣な手続きに耐えて毎月のようにチェチェンに行き、戦争の現実を、そこに住む人々から聞き取っていった。空爆と地上戦によって荒廃しつくしたチェチェンの土を踏みしめ、ときに彼女自身、ロシア軍に拘束され、「おぞましく、割愛するしかない」ような扱いを受けながら。

●戦争:人々の欲望の最悪の成り行き
 読者は、この戦争がいくつかの複合した原因で成り立っていることに気が
付くはずだ。まず、ロシア政府・軍部による侵略という原因。「掃討作戦」
とは、チェチェン市民からの財産の略奪の別名だ。これは、主に下級兵士た
ちの取り分になる。そしてチェチェン人を誘拐して身代金を取る作業は、将
校たちの稼ぎになる。次にポリトコフスカヤは、国防省の文書庫を渉猟し
て、さらに上級の将軍たちがチェチェン戦争をどのように食い物にしている
か、その重要な部分を明らかにしている。
 掃討作戦の途中で、チェチェン女性が強姦・殺害されることもあるが、運
の悪い戦車隊のブダーノフ大佐のような人物でもなければ、裁判にかけられ
ることもない。女性たちの運が悪いのではない。それはほとんど必然的な災
厄で、加害者が訴追されるほうが例外なのだ。
 抵抗を続けるチェチェンの独立派はどうか。国民と国際世論に活発に訴え
るよりも、地下に追われて沈黙することを選ぶようになってしまった大統領
マスハドフ。金(とおそらく特殊な名誉欲)のためにどんなことでもする野
戦司令官バサーエフ、そして、中東からの資金を取り次ぐことで最後まで彼
を支えたハッターブ。親ロシア派の政治家や役人にいたっては、汚職と石油
売買の利権争いに忙しく、「ロシア人よりひどい。すべてを知っていて、何
もしない」そう市民の一人は吐露する。ポリトコフスカヤは、これらのプレ
イヤーの誰にも好意を示さない。ロンドンに亡命しているマスハドフのス
ポークスマン、ザカーエフとの多少の友情をほのめかす他には。
 彼女の目を通して見るチェチェンの惨劇は、人間の欲望の最悪の成り行き
だ。いま、チェチェンで実際に抵抗を続けている人々は、ロシア軍に肉親を
残虐に殺された人々の小部隊であり、彼らは大統領や、司令部といった中心
的な存在を持たない。このことはロシア側にとっても、イスラムの大義をか
かげる側にとっても都合が悪い。そこで、「対テロ作戦」や「ジハード」な
ど、プロパガンダ臭のする粉飾が繰り返される。
 ここで日本に戻ろう。
 いつになくたくさんの記事が、いっせいにチェチェン問題とテロを結びつ
けようとしているこのごろ、手に入る限りの新聞を切り抜いて読む作業をす
るうちに気が付いたことがある。「人権」という言葉がほとんどないのだ。
それらを読むと、まるで地の果ての野蛮な国チェチェンが、ロシアの言うこ
とに従わないばかりか、文明を踏みにじるためにテロを続けている、そんな
印象を受ける。
 「地の果ての野蛮な国」では、まるでかつての「蝦夷」か何かのようだ
が、そうなるのは、とても簡単な理由がある。書き手が取材せず、また聞き
の情報しかないから「地の果て」になってしまい、片方の暴力だけを報道す
るから、「野蛮」になるのだ。そして最大の見落としは、チェチェンに暮ら
す人々がどんな苦痛をこうむっているかを、誰も書こうとしないことだ。い
くつかの事件がチェチェンのゲリラのしわざであったとして、「報復」と書
くのなら、何に対する報復なのかを示さなければ、何かを書いたことにはな
らないのに。

●国家によるテロリズム
 なるほど、飛行機に爆弾をしかけて撃墜し、乗っている人々を殺すことは
犯罪でしかない。政治的な目的がそこ加わればテロだろう。しかし、飛行機

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09月03日(金)
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