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13匹目のバナナフィッシュ
by サキ
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■茉莉花--【アンドロイドは源氏絵巻の夢を見るか】三ノ宮
温室に入ると、むっとする空気が顔を覆うように貼りつき、癖のある匂いが鼻から喉へ射しこんだ。一瞬詰めた呼吸を解き、口から肺の奥の空気をできるだけ吐き出すと、三ノ宮は思い切って鼻から息を思いっきり吸い込んだ。甘い花の匂いと、濃い土の匂い、熟れた果実の匂いに、めいっぱい水分を含んだ緑の匂い。他にもなにか香辛料のような匂いが混じって、つんとした、だらけた匂いが身体中に行き渡るのを感じた。
「みゃーお」
襟巻きのように首に巻きついてじっと目を瞑っていた彼女の唐猫が、ぴくぴくと耳を動かし、ぴっと目を開けて、小さく鳴いた。顔の前でしっぽがぱたぱたと揺れるのを押さえて、三ノ宮は首からそっとその相棒を外し、煉瓦敷の床に降ろしてやった。両前足をぐいーんと伸ばした唐猫は、ちょっときょとんとした表情をし、小首を傾げて三ノ宮を見上げた。
「みゅ?」
「そうね、なんだかちょっとだけ、おうちに似てるわね」
辺りを伺うように首を回して、とてとてと歩き出した唐猫を視界に入れつつ、三ノ宮はぐるりと周りを見回した。そう広くもなさそうな温室は、青白い照明がいくつかあるだけで、ドーム型の天井越しに、夜空の星が綺麗に見えた。月はまだ昇っていない。自分の故郷はあの辺りだろうかと、三ノ宮は一際高く伸びた一本の樹木の近くに光る黄色い星を見て思った。
「みゅーん」
唐猫の声がエコーがかって聞こえ、三ノ宮は前を向いた。遅いと云いたげに、こちらを向いて行儀よく座り、丸い大きな瞳で三ノ宮を見つめている。
「今行くわ。大丈夫よ」
しかし二三歩進んだところで三ノ宮は足を止めた。この匂いは知っている。ふと顔を上げると、数メートル先に白とピンクの中間色のような小さな花がカーテンのように群れ咲いているのが夜の闇にふうわりと浮き上がって見えた。甘い、きつい、脳を溶かすような匂い。三ノ宮の口元に笑がこぼれた。
思い立って、履物を全部脱いで素足になってみた。一歩、二歩、爪先立ちで脚を踏み出してから、そっと足の裏をぺたりとつけてみる。温室の中であっても、冬の夜の煉瓦はひいやりと冷たく、しっとりと濡れていたが、それが心地よかった。粗く焼いた煉瓦の気泡と湿気で発生した苔の感触が柔らかく、少しくすぐったい。滑らないように慎重に、それでも気分は徐々に高まって、ついに三ノ宮は駆け出した。すぐに唐猫の留まっているところまで辿り着き、そのまま駆け抜ける。猫も彼女を追いかけて、軽く飛び跳ねた。その首の小さな鈴が、楽しげに音を立てた。
その植物の名前を、確かに三ノ宮は知っていた。蔓性の植物で、蔓の先端が壷状の妙な形になっている。ぱっくり開いた口のような部分に指で触れると、ぬるぬると湿っていた。
「危ないですよ」
不意に声がして三ノ宮が振り返ると、淡い色の夜着を着た、背の高い青年が立っていた。少し困ったような顔をしている。三ノ宮がここにいることに戸惑っているのか、彼女が触れているその植物に対する警戒心なのか。
「春宮様」
慌てて三ノ宮が煉瓦敷の床に跪こうとするのを、青年が抱きかかえるようにして留めた。
「おやめください。あなたがたはわたしのお客人。臣下ではないのですから」
「そうでしょうか」
口にしてから三ノ宮はしまったと感じた。あまりに生意気なことを言ってしまったと思った。自らの身分と、ここに遣わされた目的を身につまされていたからこその発言であったが、それでもこの言葉は、彼、春宮ゲンコウの意にそぐわないであろうことは確かだった。果たして青年は困惑していた。さっきよりも明らかな理由で。
「ご無礼を。お許し下さい」
三ノ宮は腰を折り、深々と礼をした。客人としての礼を。
「いえ。わたしの方こそ。何分……」
女性の扱いに慣れぬゆえ。飲み込んだゲンコウの言葉を、三ノ宮は心の中で補足した。不思議な王子様だと改めて思った。
「この植物は、人を喰らうのだそうですよ」
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01月18日(金)
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