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13匹目のバナナフィッシュ
by サキ
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■はるまち【二次創作】
「おしの、先生がいらっしゃいましたよ」
 でっぷりと太った女主人がその声に見合った大声で奥に声をかけると、それに負けず劣らずな快活な声が帰ってきた。
「ああい。今いきますよ。おじいちゃん、お茶と冷たいお水、どっちがいいかい?」
「水にしてくれい」
 秋山小兵衛は小柄な身体いっぱいでその大声たちに応戦した。


 長く連れ添った愛妻、おはるに先立たれてから、小兵衛は急速に老いた。もともと四十も歳下の妻であった。
「先生の死水はあたしがとりますから、安心してくだせえよう」
 死ぬ数日前までそんな調子で、持ち前の明るさでもって立ち働いていた、小兵衛にとっては孫娘ほどの歳の離れた妻であったが、夏風邪をひいたらしいと寝付いた後、ふっつりと死んでしまった。小兵衛にとっても、当のおはるにとっても、予想だにしなかった最期であった。秋山小兵衛、九十の晩夏であった。
 その後の小兵衛の落胆は、息子の大治郎、嫁の三冬らの想像を軽く越えたものであった。ものも食べず、ろくに眠らず、おはるの後を追う気ではないかとも思えるような様子であった。それもなんとか、秋を過ぎ、冬を過ぎようとするころから、やっと、以前の小兵衛らしさが戻ってきたようで、三冬の作った飯を食べ、息、大治郎に似て朴訥な青年に育った、孫の小太郎をどぎまぎさせるような冗談を言うくらいになった。
 そんなだから、冬の晴れ間の暖かな陽気に大治郎の操る小船で、浅草まで大川を下り、なじみの小料理屋、元長へと脚を伸ばす気にもなったものだ。


「おはるではないか!」
 前方に見える娘姿に小兵衛が目を見開いて叫んだときには、さすがの大治郎もびっくりした。
「父上、そんなはずは・・・・・・」
 言いさして、大治郎も絶句した。遠く見える後姿は、確かに若い頃のおはるに酷似していた。それが元長ののれんを慣れたようにくぐったのを見て、ふたりはもっと驚くことになった。おはるも小兵衛に従って、よく駒形堂裏のこの店に通ったものだ。
「父上、わたしが見て参ります」
 船を下りるのも脚がもつれそうになる小兵衛に大治郎は言おうとして、それから思い直して、父の手を取り船から下ろすと、共に足を速めた。
「おや、まあ、大先生!若先生も!すっかりご無沙汰してしまいまして・・・・・・」
 戦々恐々となっているふたりを迎えたのは、元長の女将、おもとであった。昔はほっそりとした、いかにも料理屋の座敷女中といった様相だったのが、子供を産んでから、すっかり肥えた。今では女将としての貫禄がついたようだった。
「こちらこそ、ご無沙汰をして申し訳ない。ところで、今し方、若い娘御がこちらに入ったかと思ったが・・・・・・」
 挨拶をした大治郎が店内を見回すと、おもとはあぁと合点したように頷いた。
「おしののことですか?えぇ新しい女中を入れたのですよ。でも若い娘ではありませんよ。もう二十歳を半ばを過ぎているはずです」
 それから奥へ声を張り上げた。
「おしの、おしの。大事なお得意様だよ。二階の準備は整っているだろうね?」
「あい。女将さん」
 のれんをかき分けるように顔を出した女は、確かに先ほどの娘であった。着ている縞柄の袷に見覚えがあったが、正面から見てみると、おもとが言うとおり大年増で、それに、おはるとはまったく似ていない姿形をしていた。小兵衛と大治郎は顔を見合わせた。
 二階にあがると、合点のいかない顔のおもとに、照れたように小兵衛がいきさつを説明した。
「おやまぁそうでしたか。わたしなんかは全く感じておりませんでしたけれど、確かに遠くから見たらご新造様のお若い頃に似るかもしれませんね。ただ、おしのはああいう大女でしょう。ご新造様は小柄なお方でいらっしゃいましたから」
 おもとは言ったが、それからおしのに膳を運ばせ、酌をさせてくれた。おしのは確かに大女だったが、快活ないい娘であった。
 それからというもの、小兵衛はそれこそ昔のように、足繁く元長ののれんをくぐるようになった。



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11月07日(土)
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