ID:19318
13匹目のバナナフィッシュ
by サキ
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■茉莉花--【アンドロイドは源氏絵巻の夢を見るか】三ノ宮
 ゲンコウは話題を変えるように努めて明るく、三ノ宮の触れていた植物を指し示した。


「サクが申しておりました。まぁあれの言うことだからアテにはなりませぬが。わたしはなんだかこの形がもう気味が悪くて。ほうら、指など噛まれてはおりますまいな?」
「まぁ、そんな」


 三ノ宮はからからと笑った。ちりちりと鈴のなる音がし、唐猫が足元でくるくると楽しげに跳ねていた。


「春宮様とサク様は本当に仲がよろしゅうございますこと。でなければサク様がそんなことおっしゃるはずがございませんもの」
「どうやらわたしはからかわれたと仰せられる?」


 そして猫にも。一瞬不機嫌そうな表情をしたゲンコウが、三ノ宮に釣られてくすくすと笑い出した。


「これは人を喰らうものではございません。小虫を喰らうものですよ。他の植物のように、根っこから栄養を摂るのが上手ではない植物なのです。だからこの袋の中に小虫を誘い込み、中の液体で溶かして養分を取り込むのです」


 けれどこの温室の中で、それができるかどうかは三ノ宮にもわからなかった。


 温室の中の東屋は二階にあって、星がより近くに見えた。それは一階よりも、生い茂る植物の枝と葉に邪魔される空が多少少ないだけだったけれど。


「三ノ宮殿は動植物にお詳しいようですな」
「父は動物、母は植物に関する研究を行う学者でもありました。わたくしの周りにはそのための動植物がたくさんあったのです」


 すぐ隣の貴公子と、遠い彼方の故郷と、周囲の植物と、三ノ宮は正直どこを見て話をしていいかわからなかった。だから膝に乗ってぐるぐると喉を鳴らす唐猫を撫でながら、目を伏せて答えた。


「でも、動植物がお好きで……だからこのような時間にこのような場所においでなされた」
「え、ええ……」


 本当のところ、動植物が好きなのと、ここに来たことに因果関係があるような気はしなかった。ただ、昼間見つけたこの場所の夜の姿を見てみたかっただけだった。三ノ宮は、温室に故郷の匂いを感じていた。だが、それを口にするのははばかられた。


「春宮様は?」
「わたしは……」
「……入口付近に咲いている香りの強い花をご存知ですか?」
「? ……いや、そういえばなにか甘い匂いがしたような」
「あの花を茶葉に混ぜて香りを移したお茶をお飲みになられるといいですよ。眠りを誘うのに役立ちます。きっとサク様がご存知でしょう。……あ……差し出がましいことを……申し訳ございません」
「いや……三ノ宮殿は勘がよろしいのですね。まるでサクと話をしているときのようだ」


 ゲンコウは苦笑したが、三ノ宮にとっては手痛い失言であった。


「そろそろ戻られた方がよろしいでしょう。ほうら、勘の鋭いのがもうひとり、やってきた」




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「只今、戻りましてございます」


 障子越しに声をかけた従者をゲンコウは招き入れた。一礼をして入ってきたサクの顔はいつもどおりのポーカーフェイスで、乳兄弟であるゲンコウをしても、そこから彼の表情を読み取ることは困難であった。


「無事、三ノ宮殿をお送りしたであろうな」
「は。恙無く」


 その時、微かに甘い、あたたかな匂いにゲンコウは気づいた。サクの手元の盆に、茶器がひと揃い、携えてあるのが目にとまった。


「それは?」
「三ノ宮様よりお話を伺いまして、僭越ながら」


 サクは、急須から小ぶりの湯呑にほこほこと湯気を上げる液体を注ぎ入れ、恭しくゲンコウの前に置いた。


「あの温室の花の茶、か」


 湯呑を持ち上げると、爽やかな甘味が鼻腔をくすぐった。数度息を吹きかけて口をつけると、意外に中の茶は甘くはなかった。さっぱりとした、なんとも安らぐ香りと味であった。


「三ノ宮殿は、どうもお前に似ているようだ」
「はて。そうでしょうか」



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01月18日(金)
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