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13匹目のバナナフィッシュ
by サキ
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■はるまち【二次創作】
 小兵衛はすっかり健康になった。昔のように一人で竿をとり、大川を下る。元々健脚だったのだから不思議がることでもないが、実にいい手さばきで船頭をこなす。元長にくると、おしのの酌で酒を飲む。近くで見るとおはるとは全くの別人ではあったが、快活なおしのと語らっていると、昔に戻るようで心地いい。
「おまえさん、以前はどこにいたんだね」
「地獄だよ、おじいちゃん」
 小兵衛はおしのに自分をおもとのように先生と呼ばせなかった。もう自分はただの老いぼれだとおもとにも言っていたし、先生などと呼ばれては、なんだかおはると話しているような、妙な気分になってしまうのであった。おもとは無礼に気を揉んだが、当のおしのは特に気にした風もなく、小兵衛をおじいちゃんと呼んでただの隠居の相手をしてくれる。
「地獄か。そいつは剣呑だ」
「春町だなんて言う人はいるけどさ、中の人間にとっちゃあ地獄さ」
 おしのは飾らなかった。遊女あがりで、いい旦那がついて請け出されたが、旦那に死なれ、もう一度苦界に身を沈めようかというときに、世話をする人があって、この元長の女中に入ることができたということを、ざっくばらんに話した。
「あたしは運がいいんだ。あたしと一緒に地獄にいた友達は、どうなったかわかりゃしない。ご改革の波で岡場所もずいぶん潰れたと言うし。申し訳ない気持ちにもなるけれど、仏様に手を合わせることくらいしかできないもんね」
 秋山父子と関わりの深かった田沼老中が失脚した後、権力を握った松平老中は市井の生活をきりきりと締め上げた。おしのの言ったご改革とは、寛政の改革のことである。
「そうさ。あんたは運がいい。そうやってありがたいと思う気持ちがあんたをもう一度地獄に落とさずに済んだのだろうさ」
 はるまち、か。と小兵衛はひとりごちた。
「おじいちゃんの亡くなったご新造様ははるという名前だったんだって?」
 聞き咎めたようにおしのが言った。
「そうさ。おはると言うのだ。もういないが、わしはおはるを待っているようなものだったなと思ったのさ。はるまちということばでそれを思いついたのだよ」
「あたしにとってはいいことばではないけれど、そうだね、おじいちゃんにとってはそういうことばになるんだね。不思議なもんさ」
「おまえさんはなかなか穿ったことを言うのう」
 小兵衛は苦笑した。
「ごめんくださいませ」
 廊下からおもとの声がかかり、ふっと甘い匂いが部屋に入り込んできた。
「おお、今年も咲いたか」
 おもとの手にした花器に盛られた梅の花を見て、小兵衛は目を細めた。
「えぇ。ようよう暖かくなりますでしょうよ」
 春は待たずとも来るものか。部屋の一角に飾られた花を見て、小兵衛の気持ちは穏やかであった。あと何度、これを見られることであろう。ふっと目頭が熱くなって、小兵衛は窓の外を見やった。江戸の町は、これから活気を増していくそわそわした気配に満ち満ちていた。

11月07日(土)
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