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ひぽこんコラム
by 和田
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■生きてるだけでまるもうけ
PS:今夜は珍しくコンサートへ。渋谷。そうしたら帰りに山手線が人身事故で止まり、ショボショボとバスで帰ってきた。たまに出かけるとこんなことだ。。。ショボ〜ン。
 コンサートはMGMT。NYの新人バンド。サイケデリックとからしい。
 CDは好きだったんだけど。。。。あと3年くらい小さなヴァンに揺られて全米をグルグル廻って、もう降りてもなんだか身体が揺れてるってくらいにヨレヨレになって、そうしたらサイケデリックってのが何なのか分かるでしょう、と思った。サイケデリック・バンドって言ってるけど、オバちゃんからしたら、子供が楽しそうに音符を鳴らして、音符を歌ってるにしか聞こえなかった。
 でも子供たちがたくさん入ってて、外人もいっぱいで、盛り上がっていた。そうね。NY出身のバンドなんて星の数ほどいるのに、そこから出てきて、こうして外国で演奏してるだけですごいことよね。こんなオバちゃんが1人、つまんなそうにしてたからってさ。
 帰りのバスの中、目がチカチカして、サイケデリックになっていた。


 風邪ひいた。。。また。一回治ったのに、どうも手話教室に行くと風邪をひく。みんなマスクもしないで来るんだもん、咳ゲホゲホしながらさ。マスクしてよ。どうせしゃべらないでいいんだよ、手話だから。んもおおおおっ!

 ちなみに昨日は手話で会話するという授業だったが、
「あら、どこに行ってきたの?」
「京都です」
「誰と?」
「高校時代のお友達と」
「何人で行ったの?」
「4人です」
「どうやっていったの?」
「車で」
「ええ、本当に?大変よ」
「うん、でも、新車を買ったのよ」
なんて会話だったんですが、これだけやるのに大騒ぎ。もう、分からなくて分からなくて、何度も先生に直され直され。しかも「その形は合ってますが、聾者には伝わりません」とか言われる。そうなんだ。前も書いたけど、日本語手話と聾者が使ってる手話って微妙に違う。それって何?と思う。。。。でも耳が聞こえる人と聞こえない人では日本語の解釈が微妙に違ってくるんだよね。私たちが日本語をしゃべるときにひっくり返したり、省略するように、聾者の人たちも手話をいろいろ簡略したり、ひっくり返したりする。ああ。難しい。そんなこと知らなかったよ。で、この「よ」という表現もあります〜〜〜〜。いろいろと。

 耳が聞こえなくて目も見えない大学の先生がこの間出ていた、テレビに。その人は甲高い声でしゃべって、なんだかすごく楽しそうな人で、オカンが出てきたけど、オカンがこれがまた明るい人で。このオカンの明るさがあったから、この人はこんな風に育ったんだなぁと思った。オカンこそがビバ!だった。オカンに表彰状をあげたくなった。

 で、その大学の先生は、人生で一番いいことは、今生きてることです、と答えていた。それだけで十分だそうだ。

 んじゃ、今日は風邪だし、寝てるかな〜〜〜〜。ぐううぐうう。・・・ってのがいいんだが。

 それから昨日は図書館で借りてきた佐野よう子の本を読み終わった。「役にたたない日々」。たごちゃんの言ってたとおりに、そうか、本当に癌が転移したんだ。でも癌はいいわよ〜とか言ってる。死ぬとお金かからない、とか。本当に面白い人だから、死なないでほしいなぁ。

お腹が痛い中、原稿を書きつつ、また違う本もそして読んでいて、それはこの間お会いした新潮社の人が送ってくだすった、重松清先生の「気をつけ、礼」という、先生をテーマにした小説集。最初の一編がニール・ヤングな先生で、ニール・ヤング大露出!! おおおっ! かなり気を入れて読む。重松先生、ニール・ヤングのファンだったんだ! うれしい。 これはお礼状を書かなくては。
 ニール・ヤングというと、どうしても2001年のブリッジベネフィット・コンサートを思い出す。あの9・11直後にニール・ヤング師匠のライブを見れたことは本当によかった。そして生ヤングを間近で、しかもREMと立ち話中の生ヤングを覗き見したことは生涯の思い出でござるわ。ヤング師匠、普段着もフリンジ付きの服だったのには驚いた。
 
 
12月03日(水)
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