ID:1656
つれづれなるいるか
by 渡河いるか
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■変わりゆくもの
ばあちゃんの行きつけの(ってほどでもないのか?しかし顔は覚えられていた)服屋が閉店するという案内がきたので、一緒に買い物にいきました。
店員さんのおすすめの服を購入。
私が行くには年齢があわない服屋なのですが、一着かわいいTシャツが。

価格見たら7000円とか。
ちょっとそれはないわ。
なんだこれは半額セールの対象じゃないのかYO。

店内をぐるっと回ったら、最高に手触りの良いタオルを発見。
1枚300円でこの柔らかさは買いだ!顔洗い用に!…と思ったら、正方形のハンドタオルでした。
ハンドタオルは使わないよ…残念…。




いつぞや書いたかと思いますが。
容態が悪かったじいちゃんの弟さんが亡くなったとかで。
ご冥福をおいのりしつつ…浄土でじいちゃんに会えてるといいなぁ。
生きてるうちには、結局会えなかったから。



それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終まぼろしのごとくなる一期なり。さればいまだ万歳の人身をうけたりという事をきかず、一生すぎやすし。いまにいたってたれか百年の形体をたもつべきや。我やさき人やさき、きょうともしらず、あすともしらず、おくれさきだつ人はもとのしずく、すえの露よりもしげしといえり。されば朝には紅顔あって夕には白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまちにとじ、ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて桃李のよそおいを喪いぬるときは、六親眷属あつまってなげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。さてしもあるべき事なれねばとて、野外におくって夜半のけむりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというもなかなかおろかなり。されば人間のはかなきことは老少不定のさかいなれ、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏もうすべきものなり。
あなかしこ。あなかしこ。

(御文章「白骨の章」/蓮如上人)


「白骨の章」口語要約:
人間のよるべない一生を心静に想ってみれば、まことにはかなく、生から死まですべては幻のようなものである。人が一万年の寿命を生きたということは聞いたことがない。いま誰が百年も生きることができようか。命の終わりを迎えるのは、われが先か人が先か、今日か明日か。先に死ぬ人も生き残る人も、草木の根もとの滴や葉先の露のように、生死の別れ目は予想もつかない。だから、朝には元気でいきいきした顔であっても、夕べには死んでしまって白骨と化してしまうかもしれない。ひとたび無常の風が吹いて、息絶えれば、桃のように血色のいい顔もたちまち色を失う。そのときになって親族のものが嘆き悲しんでも甲斐がない。夜半に荼毘にふせば白骨のみが残る。悲しいことこのうえない。人の世は老少不定。早く後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏にお頼りして念仏申すべきである。
05月20日(火)
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