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カンゲキ★日記
by Ruby
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■◆続き【第10回世界バレエフェスティバル】 8/1・8/3分、《Aプロ》 ギエム、ルグリ、マラーホフ、ジル・ロマン、ステパネンコ、他
>前日の頁の続き...

◆「アダージェット」
〔ジル・ロマン〕
振付:モーリス・ベジャール、音楽:グスタフ・マーラー

もう、感動しまくりで、勝手に色々な感情が湧き上がってきて、どう表現してよいやら…。
ジル・ロマンの踊りを観ていながら、心は様々なところにトリップしてしまう不思議な感覚。
ベジャールが意図して作った内容など詳しく知りませんでしたが、後でパンフの解説を読んだら、
《暗い夜の河を、さざなみがきらきら光を放ちながらたゆとうような、哀切に満ちた幻想的な音楽にのせて、死に向かい合った男の孤独が描かれる。禁欲的で内向的な踊りが、人間の生の悲しさをいっそう際だたせる》だそうです。生と死を連想したのは、そう的外れでもなかったのかな...。

私が感じたのは、生命を終えようとしている、ある一人の人物が、最後の場面で走馬灯のように過去の自分、苦悩だったり、怒りだったり、こうすれば良かったなどと悔やむ部分が、体感としてあたまの中に浮かびあがっては消える。過去には戻れぬ絶望…。若さへの渇望。命の重み。灯火が消え去ることの孤独…。葛藤をひとしきり味わった後に気づく、大いなるものへの感謝の心。

そしてあの官能的な音楽からして、どうしてもヴィスコンティの映画『ベニスに死す』を思い出してしまいます。 あの映画も、手を伸ばしても届かない“美”や“若さ”への憧れを、耽美的で残酷なかたちで描いていますが、どこか陶酔してしまう世界ですね。

それと、天上へと指先を伸ばすポーズは、レオナルド・ダ・ヴィンチが生涯、死ぬ時まで手放さなかった自作の絵画、【洗礼者ヨハネ】を思い出してしまいました。レオナルド自身の若い頃の自画像だとも言われていますが(ハッキリと断定は出来ませんが)、美しい若者の姿をし、人差し指を天上に向けているその姿、甘美なその表情といい、“美”、“若さ”という意味で何だかダブって見えてしまいました。

最後にジルが手のひらに掴み取ったものを、フゥと息を吹きかけ飛ばすようなしぐさがありましたが、私は、死に対して最後にすべてを受け入れ、生命の砂粒をそっと宇宙に返し、心静かな境地になる。
そして、壮大な宇宙の広がりの中では、人の人生など砂粒くらいに小さいかもしれないけれど、星屑のように煌いてる尊いもの...。
そんな風に感じました。


◆「ラ・バヤデール」より
〔ガリーナ・ステパネンコ&アンドレイ・ウヴァーロフ〕
振付:マリウス・プティパ、音楽:ルートヴィヒ・ミンクス

なんて美しいのでしょう。ロシアバレエの芸術性を真摯に見せてくださいました。 大変丁寧でしたし、現れただけで、存在感と踊りの美しさにウットリしました。 
ステパネンコは派手で強めのキャラが似合いそうと勝手にイメージしていましたが、こうして見てみると、しっかり丹念にもうこの世のものでない「ニキヤ」をしっとりと表現されていましたね。 あの真っ白なチュチュ姿の似合う事!

ウヴァーロフはもう何年間のボリショイのトップとして活躍していますが、憂愁のキャラでも、力強いキャラでも何でも美しく魅力的に演じていて、その都度素晴らしいと感じてしまうダンサー。
今回も、“お祭り”を意識することなく、いつも通りの迫力あるクラシカルな世界を見せてくれました。 彼が踊ると舞台が大変狭く見えてしまいます。いかにもこれぞ正統派バレエという感じで、他の色々ひしめくダンスの中にあっても、たしかな強さを印象付けました。


◆「優しい嘘」
〔シルヴィ・ギエム&ニコラ・ル・リッシュラ〕
振付:イリ・キリアン、音楽:クラウディオ・モンテヴェルディ・カルロ・ジェズアルド、グレゴリオ聖歌

全く楽器音の無い、人の“声”だけを使った音楽。紫と黒のフィットした衣装に、暗い照明の中に浮かび上がる2人の身体の美しさは、それだけでも“詩”となり、直接観客の心に届いてきます。
しかし、こうも沢山のダンサーをたてつづけに観てきましたが、やはりギエムの体形は驚異で異質。
あそこまで研ぎ澄まされ、磨きをかけあげた根底は、努力以外ありえないでしょうね。


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08月02日(土)
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