ID:1488
頑張る40代!plus
by しろげしんた
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■レジャーモービルの女(3)
その様子を見ていたせっかちな鼻髭が言った。
「もういいですか?」
相変わらず無表情である。
「は、はい。いいです…」
ということで再び録音が始まった。
緊張と焦りで、ぼくののどはカラカラになっていた。

ここで付け焼き刃のもろさが出てきた。
歌い方のほうである。
ポプコンバージョンで歌っていたつもりが、いつの間にか元の歌い方に戻っているのだ。
せっかく午前中うまくいっていたのに、である。

これがもし自宅での録音なら、いったん中断して、気を落ち着かせ、口を潤すことだろう。
しかしここはヤマハ。
しかも一発録音である。
ここで中断するわけにはいかない。
中断する権限を持つのは、あの鼻髭だけだ。
ということで、最悪の状態のまま録音は続いた。

そして、悪戦苦闘しながらも、何とか最後までこぎ着けた。
その時だった。
またしても付け焼き刃のもろさが出たのだ。
今度はギターである。
午前中、あんなにうまくいっていたエンディングのギターソロをきれいに忘れてしまったのだ。
とにかく付け焼き刃なので、頭の中では出来上がっているのだが、体で覚えるまで練習してない。
そのため、頭の中の記憶が消えてしまうと、演奏できないわけだ。

『どうしよう…』
ここを何とかしないと終わらない。
『どうしよう…、どうしよう…、どうしよう…』と思いながら、適当に弾いた。
そして終わった。

「はい、お疲れ様でした」
鼻髭が無表情に言った。
緊張と焦りの時間は終わった。
演奏といい、鼻髭の態度といい、何かと不満の残る録音となった。
だが、終わったことを悔やんでもしかたないと思い、スタジオを出る時は、明るく鼻髭に「ありがとうございました。よろしくお願いします」と言った。
ところが鼻髭は、こちらを振り向きもせずにため息をついていたのだった。

スタジオを出るとMさんが待っていた。
Mさんは開口一番、「よかったよ。いいところまで行くと思うよ」と言って労をねぎらってくれた。
その言葉を聞いて、ぼくの緊張と憤りは何とかほぐれたのだった。
02月26日(日)
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