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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『新・UFO入門』(唐沢俊一)の盗作疑惑について
 日記再開の内容が、また不穏な感じのものになってしまい、いささか恐縮ではあるのだが、どうしても気になって仕方がないことを綴っておこうと思う。

 「事件」をよくご存知ない方には、まずこちらのまとめサイトを見ていただきたい。
 
 「ネット上の文章の盗用問題:『新・UFO入門 日本人は、なぜUFOを見なくなったのか』(唐沢俊一著)を巡って」
 http://www.jarchive.org/temp/copyright2.html

 このサイトも「グーグル八分」とやらにあっているらしく、「唐沢俊一 盗作」で検索をかけてもヒットしない。どういう仕組みかはよく分からないが、既にあちこちの有名サイトでリンクされてもいるし、このサイトだけを検索できなくしたところで、いくらでも周辺事情は検索することができるので、誰がどうしてそんな措置を取っているのかも疑問ではあるのだが、それはさておき。

 「漫棚通信ブログ版」の日記に「これは盗作とちゃうんかい」と題して、唐沢氏の盗作疑惑が書かれたのが6月7日のことである。
 これが、事件発覚当初の唐沢氏の主張するように「大いに参考にさせていただいた」性質のものでないことは、後に唐沢氏自身が交渉の経緯を記した文章の中で、「ほぼそのままの形のものをペーストしてしまい」と書いていることでも明白である。
 これを「参考」と言い張るのは詭弁でしかない。もしも他の作家がそのような執筆方法を取っていたとしたら、唐沢氏はやはり「それ、盗作だよ」と明言するに違いないからだ。

 唐沢氏が、誰もが指摘するように、どうして事件発覚当初に素直に謝れなかったのか、という疑問については、唐沢氏に本作の続編執筆の予定があったため、それが頓挫することを恐れ、「盗作作家」のレッテルを張られることを嫌ったのではないか、という推測がネットでは流れている。
 『新・UFO入門』が絶版になることだけは避けたかった、ということなのだろう。

 しかし、唐沢氏が本気で漫棚通信氏に謝罪する意志があるのなら、本自体を完全に絶版、封印するくらいの潔さは見せてもよかったのではないかと思う。
 『新・UFO入門』を子細に読んで行けば分かることだが、「ペースト」は「漫棚通信ブログ」からだけではないのだ。
 『新・UFO入門』の第5章「UFO群、ピラミッドに舞う!」ではCBA事件が取り上げられているが、これが、新戸雅章氏が『歴史を変えた偽書』(ジャパン・ミックス社)に掲載した文章をコピーペーストしたと思しき部分がいくつか「残って」いるのである。

 新戸氏の元の文章はネットにも掲載してあるので、そちらを参照していただきたい。

「六〇年代のハルマゲドン −UFO教団CBAの興亡―」
 http://www.asahi-net.or.jp/~ve3m-snd/shindo/essay/cba.html

 全文の引用はこの日記にはとても入りきれないので、いくつかの要所だけを「引用」させていただく。
 例えばこの新戸氏の文章の「地軸は傾く」の項に、このような文章がある。

 「八月になって、Cは選ばれたメンバーにだけ伝えられることになった。会合に集まった数十人のメンバーに対して、幹部がレイ・スタンフォードの訳書を示しながら、Cが間近に迫っていること、われわれはその準備をしなければならないことなどを説いて、団結と協力を促した。この頃、期日は一九六〇年から六二年の 間に設定されていた。」

 比較して、『新・UFO入門』の108ページには以下のような文章が見られる。

 「会合に集まった数十人のメンバーに対し、幹部がレイ・スタンフォードの訳書を示しながら、カタストロフ(CBAはこれを、頭文字の“C”で表現した)が間近に迫っていること、その準備が急務であることなどを説き、団結と協力を促した。そのCの期日は、1960年から62年の 間であると説明された。」

 漢字を数字に変更したりの改変はあるが、ほぼ同じ文章であることはお分かりいただけるだろう。
 また、次のような箇所の変更もある。
 元の新戸氏の文章(「りんご送れ」の項目)はこうだ。


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08月08日(水)
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