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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ゴメンね、素直じゃなくってっ/『名探偵コナン』35巻(青山剛昌)ほか
今日もしげは迎えに来ない。
しげに連絡を入れようとしたら、携帯の電池が切れている。
使った覚えはないから、何かの拍子にロックが外れたらしい。仕方なく公衆電話で家に連絡を入れたが、全然応答がない。
こりゃ、しげのやつ、また寝過ごしてるな、と思って、タクシーを拾って帰宅したら、家にしげの姿がない。
もしやと思ってしげの携帯に連絡を入れる。
「……今、どこにいるんだよ」
「アンタの職場」
「時間通りに迎えに来てないやん」
「だって携帯に連絡入れてくれんし……」
「携帯の電池が切れてたんだよ。ここんとこずっと迎えに来てないし、今日もてっきり寝てるんだと思って帰って来ちゃったよ」
「……オレが悪いん?」
このモノイイで、ムカッと来た。
「オマエが信頼できるんだったら、俺も待つけど、ここんとこずっと寝過ごしてばかりだろうが! カラダの具合もよくないってのに、寒い中待ってられるか! なんで先に『ごめん』が言えないんだよ!」
遅れた理由を聞いても要領を得ない。自分では遅れたつもりはない、なんて言ってるけど、少なくとも5分以上は遅れてるんである。車内に時計はあるから、これは確実にしげがウソをついているのだ。
失敗したことは仕方ないけど、どうしてそれを見え透いたウソで誤魔化そうとするのか。そこんとこがしげの根性がネジクリ曲がっているところなんである。
昨日のビデオ録画の件だって、「ゴメン」のヒトコトがやはり出なかった。
私が怒る前に、「ああ、ごめん」と言える謙虚さがしげにありさえすれば、こちらも「いいよ、俺も気がつかなかったし」と言って、コトは丸く収まるのである。なのに、しげには「先に謝る」ことに対して歪んだ防衛規制が働いていて、素直に謝ることができないのだ。
「申しわけないことをした」という感情がしげの心からは欠落している。
これは別にしげを悪く言っているのではなくて、しげ自身が自認している心の欠陥である。つまり、しげは生まれてこのかた、誰に対しても「反省」したことが一度もない人間なのだ。あるいは、「反省」という感情の動きが理解できない人間だ、と言ってもいい。
欠落があるなら埋めればいい。
どういうときに、人は「悪かった」と反省するのか、ということを今までにも何度もシミュレーションさせてみたのだが、やはり「反省」という感情はしげの心の中に育たない。
例えば、「人のものを借りてなくしてしまった」ときに、どういう感情がしげの中に生まれるかというと、「申し訳ない」ではなくて、「失敗した、叱られるかも」という相手に対する恐怖心だけなのである。相手が優しい人間であったとしても、「ああ、これで相手に嫌われるかも」と思うばかりで、「悪かった」とは思わない。
この心理は尋常ではない。
普通に成長していく過程で、ここまでのトラウマを抱くことは普通、有り得ない。しげの過去において、何かが(あるいは誰かが)、しげの心をひどく歪ませたに違いないのだ。
ここまで強固な恐怖心を植え付けたのはいったい誰なのか。
私は、しげ本人よりも、そこまでしげの心を歪ませた「何か(誰か)」を本気で憎んでいる。
そして、しげに「反省」の気持ちを生み出させ得ない自分自身がもどかしくてたまらない。
ここで私がしげにキチンと反省させないままでいるせいで、しげは周囲から「卑怯な人間」だと思われることが多いのだ。これが口惜しい。どう弁解しようと、客観的に「悪い」のはしげということになってしまうのだから。
でも私は、しげの夫ではあっても保護者ではない。
しげに「バカヤロウ」「アホンダラ」「ヘチャムクレ」「スットコドッコイ」「テレスコステレンキョウ」と罵倒する以上のことはできないし、しちゃいけないことだ。
「自分が悪いと思われるような状況を作るな」「もしそれでも悪いという状況になったと判ったら素直に謝れ」。
それこそが、しげ自身の「身を守る」ことになるんだけれど、しげはもうずって、「守り方」を間違えたままだ。
でも、それは私にも治せないことだ。結局、しげが自分自身の心を「治す」意志を持つようにならない限り、どうにもならない。
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12月20日(木)
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