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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■アクシデンタル・カメラマン/舞台『戸惑いの日曜日』/『もやしもん』4巻(石川雅之)/『月蝕領映画館』(中井英夫)
横溝正史原作の『悪霊島』『蔵の中』についての批評などは辛辣で(まあ、あの二作を誉める人間はどうかしているのだが)、前者が清水邦夫脚本・篠田正浩監督という中井氏の知人の作品であるにもかかわらず「どうにもならない」と切って捨てているのが、映画に対する氏の愛情を感じさせて読者としては嬉しいのである。
知人が作ってるからと言って、批評に手加減を加えるエセ批評家はいくらでもいる。こういう文章を読めば、ああ、この人は批評家として信頼できるなあと思える。友達をなくそうが、親類縁者に縁を切られようが、批評家は孤高を貫かなければいけない義務があるのだ。その代わり、いざ自分が映画制作者の立場になろうとすると、スタッフが揃わないということにもなるんだけどね。
映画制作者と批評家とは、二速のわらじが履けない最たるものだと言える。
中井氏の批評は、1982年当時のものであるが、現在読み返してみても決して古びてはいない。それどころか、その先見の明、慧眼に舌を巻くこともしばしばである。
ウォルフガング・ペーターゼン監督の出世作『Uボート』であるが、私は10代のころに見たこの映画をかなり高く評価していたのだが、中井氏は「型どおりの展開で呆れた」「ご都合主義」「筋立てが安直すぎる」とコテンパンである。
当時、私が中井氏のこの批評を読んでいたら、中井氏も映画を見る目がないなどと思い上がったことを考えたかもしれないが、この後のペーターゼン監督の諸作、『ネバーエンディング・ストーリー』から『エアフォース・ワン』や『ポセイドン』に至るまで、ハリウッド規格の安直な映画を量産している状況を鑑みれば、不明だったのは私の方だったと痛感することになっただろう。
意見を同じくする映画については、嬉しくもなる。
ポール・グリモーの『やぶにらみの暴君』を「主人公をただの暴君には描いていない」と賞賛しながら、「後半がつまらない」とダメ出しする。
私が見ているのは改作された『王と鳥』の方だが、実際、私が好きなのも前半なのである。ちょうど先日の日記でこの映画について「後半、主人公が変わる意味が分からない」と書いたばかりだったので、この符合には小躍りしたくなった。
紹介されている映画についていちいちまた私の感想を付け加えていてはキリがない。
印象批評に過ぎると思われる文もないではないが、連載エッセイで紙数が限られている性質上、致し方のない面もあるだろう。
少なくとも、読むに値しない映画評ではない。
惜しむらくは当時の氏が既に病弱であったために、見損なった映画も多々あることである。『エレファントマン』などをどうこきおろしてくれるか、読んでみたかった。
01月03日(水)
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